最強婿養子伝説 第壱拾九話

──byニシオギ──


そんな落ち込んだり立ち直ったりの九郎を余所に、二人は寝所へと向かっていた。
二人の部屋が離れにある辺り、家の者達も最初から色々気を遣っているのであろう。

様子を覗きに行きたい衝動を皆が堪える中、
当の二人は、……お話をしていた。

「……別に、お菓子がどうのという話では無いのです。
 いえ、譲殿のお菓子は勿論美味しいですよ?でも、その………」
「何?」
「……最後まで言わないといけないでしょうか?」
朔は少々恨みがましい瞳で譲を見遣る。
「俺が好きな色の話はしたでしょう?」
「それとこれとは……話が違う気がします」

全く九郎殿もあのような所で余計な事を。と朔は思う。
それが無ければ今頃は……、いえ、何だと言うのでしょう。

「大体、それで”大嫌い”と言われた俺の身にもなって欲しいですよ」
「えっ?」
「言ったでしょう?”兄上も譲殿も、大嫌い!”と」

……そんな事を言ったかしら?と朔は思い返す。

「思えば朔の口から、俺の事を好きも嫌いも聞いた事が無かったのに、
 いきなり大嫌いと言われては、俺だって落ち込みます」
と、態とらしく瞳を逸らした譲に朔は焦る。
「ちょ、ちょっと待ってください!
 それはもしかしたら言ったかも知れませんが、勢いと言うか……
 それに、それは……譲殿が悪いんです!」
「俺が?」
「そうです!いつも私の元に来てくれるのは、皆に意見を求めてからで……
 それは勿論、政の話などはそうでしょう、でも……」
朔は視線を落とすと、譲の着物の袂をきゅっと握った。

「お菓子の時ぐらい、一番が良いです……」

「………………」
「………………」

………… 沈黙が痛い。朔にしてみれば意を決して告げたものの、
呆れられてしまっただろうか。と、恐る恐る顔を上げた瞬間、
朔は譲の腕の中に収まっていた。

───── 逃がさないとでも言うかの様に、譲の指が朔の髪を梳いて頭を包むと、
有無を言わせず、そのまま唇を重ねる。
一瞬何が起こったかと驚いた朔だが、それはすぐに喜びに変わった。

いままでのもどかしさを埋める様な口付けが続き、
飛びそうになる思考を、譲は必死に引き戻した。

「その……朔」
「えっ、……なぁに?」

「俺は…その、朔に言っていなかったから。今、ちゃんと言っておかないと、と思うから」
「何を…ですか?」

済し崩しに夫婦になってしまったのではと不安だったのは、きっと自分だけでは無い。
朔はきちんと自分に向き合い、言葉にしてくれたのだから。

「俺は、結局の所自分に自信が無くて……
 だから、朔が喜んでくれるかと誰かに聞いてからでないと……」
いいや、違う。こんな事を言いたいのでは無いと、譲は居住まいを正す。

「朔」
「はい」
「……… 俺は、朔の事が一番好きだから…。だから、俺と、一緒になって欲しい。
 これからも、ずっと一緒に居て欲しい」
その真摯な視線と言葉に朔は息を呑むと、
「はい……嬉しいです。私も、譲殿が一番好き」

ふわりと、花が綻ぶ様に微笑んだ。

「それじゃ、これからも……」
「色々至らぬ所はあると思いますが……」

よろしく。と続く筈だった言葉は、ゴツッという音に掻き消される。

「……っ。だからなんでそこでお辞儀するんだよ。朔」
「譲殿こそ……この様な時は妻がですね……」

お互い全くもう。と言う気分で視線を合わせる。と、少し前にもこんな事があったと思い出す。

「そう言えば、祝言の夜もこんな感じだったかな」
「そう…だったわね。あの時も驚いたわ」
「俺だって驚いたよ。最初が肝腎と思ったらあんな事になるし」
何処か拗ねた様な譲に、思わず朔がクスクスと笑う。
「驚いたのは私です。まさか婚礼の夜、背の君に頭を下げられるとは思わなかったもの」
「そんなに意外な事だったかな」
少々憮然としながらも、朔の笑顔につられる。
「ええ、でも、貴方にその意味を聞いて……その、素敵な人だなと思いました」
「……素敵?」
「はい」

その笑顔に、暫しの沈黙が流れた後、
「ほら…、ぶつけたとこ紅くなってるじゃないか。何もそんな勢いでお辞儀する事無いだろ?」
照れ隠しの様にそう言って朔の前髪をさらりと除けると、額だけで無く頬もすっと朱を帯びる。
「それは……お互い様でしょ…?それに特に勢いが良かったつもりも……」
と、其処で二人は気付く。つまりはあの時より二人の距離が近いのだと。

夜具の距離はもう関係無くて。互いの額に口付けを落とした後は、……今度こそ二人の時間が訪れた。

────翌朝、朝餉の席に珍しく二人が居ないのを皆が知らぬふりをする中、
爽やかに呼びに行こうとした九郎が取り押さえられるのは、
また、別のお話。

── 了 ──


第壱拾八話 あとがき
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