最強婿養子伝説 第壱拾話

──by司書──


「朔、大丈夫か? 怪我とか……その……変なこと、されなかったよな?」
心配げに自分を覗き込む瞳に、そして両肩を掴む手の力強さに喜びを感じる朔だった。
「それにしても、どうしてこんな所に……」
「九郎さんが、私に話があるからと。それで、私……」
朔の言葉に、肩に置かれた譲の掌に込められる力が強くなる。

“もしかして、私、愛されてる?”

水の中、突然の衝撃で呆然としている九郎をよそに、お騒がせカップルは二人の世界に浸っている。
朔は思いがけずに見られた譲の激情にうっとりとし、譲は九郎への怒りを滾らせていた。

「俺は……俺は九郎さんを信頼していたんですよ?! なのに……なのに……!!!
 朔に何てことを!!! 九郎さん、あんた、人間として最低ですよ!!!!」

ようやく我に返り、自ら這い上がろうとしている九郎の胸ぐらを、譲は掴もうとした。
だが、颯爽と現れた一陣の、薄紅色の風に譲の動きは妨げられ、
次の瞬間、再び九郎の身体は弧を描きながら水中に沈んだ。

「朔!! 大丈夫?!!! 九郎さんにひどいこと、されたの?」
「いえ、先輩。幸いにも、未遂です」
譲の言葉に安堵の息を吐き、望美は朔を抱きしめる。
「先輩、朔をお願いできますか? ここは冷えますから、中に……。こっちは、俺達でカタをつけます」
「わかった。譲君、頑張って!」

言い残すと望美は、朔を伴いその場を離れた……というよりも、
険悪な空間から朔を連行していったという方が馴染む状況である。
そして九郎は、望美の蹴りが見事に決まった顎を押さえながら、ようようの体で池から這い上がった。
そして、傍にいる筈の望美の夫──弁慶を、九郎が見る。
雨に濡れた子犬のような目で見上げられた弁慶は、
どう贔屓目に見ても分の悪い九郎の状況をどうしたものかと、溜め息をついた。

「取り敢えず、九郎。何があったのか、説明してくれませんか?
 それから譲君。大切な奥方に関わることだけに逆上するのは当然だと思いますが、
 少しだけ九郎の話も聞いてやってください」
弁慶は穏やかな声で語り、譲に頭を下げる。
その真摯な姿に思うところがあったのか、譲は「わかりました」と、短く答えた。

「庭の方が、なんだか騒がしいくないかい?」
「ま、状況が状況だからな。多少騒がしくはなるだろ?」
「それも、そうか」
そして座敷では、九郎の窮状など全く知らない景時とヒノエは、暢気に杯を重ねているのであった。


第九話 第壱拾壱話
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