最強婿養子伝説 第八話

──by司書──


家人に酒の追加を座敷に運ぶよう指示して、朔は襷を掛けた。
「稽古の後で、きっとお腹が空いてらっしゃるから」
と、言いながら、朔は食材を確認し、調理の準備を始める。
的確に出される指示に従い、厨で働く者達はきびきびとした動きで己の役割を果たしていく。
おそらく夜遅くまで宴は続くだろう。ことによれば、九郎とヒノエは投宿するかも知れない。
そうなると朝食の段取りもしておく方が得策だ。
口に出来るものが少なくて慌てるよりは、少々余らせるくらいが無難な筈だからと、
朔は時間をおいても食べられる料理を幾つか作るように言いつけた時、
厨にひょっこりと九郎が顔を出した。

鎌倉の頼朝に代わり京をまとめる任に就く九郎の姿に一瞬驚き、次いで慌てて畏まる家人達を見遣りながら、
「ああ、いいから、皆は仕事を続けてくれ。朔殿に少々話があるんだが……厨は皆に任せられるんだろう?」
と、九郎が誰にともなく言う。
「はい、大丈夫です、九郎殿」
朔が答えた。

庭に降りた九郎の後について歩いていると、九郎が振り返りもせずに問うてきた。
「朔殿には、変わりはないか?」
「は? 私……ですか?」
「そうだ、朔殿しかいないだろう。で、どうなんだ?」
「特には、何も……」
「そんなことはないだろう。譲は最近、様子が妙らしいぞ?」
「譲殿が?」
朔が問い返すと、九郎はことの次第を語り始める。

つまり、こうだ。
朔との祝言以来、譲は妻帯者としての責任感が感じられるようになり、また言動にも深い落ち着きを纏っている。
もともと得意としている弓の腕は冴え、最近では那須与一の片腕として、弓兵達の指南役としても充分な働きをしているという。
九郎から見ても、譲の働きには満足している。
だが、那須与一や、譲と気が合うらしい二・三の弓兵はそうではない。
どこかが微かに、常とは違うというのだ。景時に尋ねても問題はないと言う。
本人に問うたところで、譲の性格では自分に気を遣い、本当のことは言うまい。
だったら朔に尋ねてみようと梶原邸に向かう途中で、偶然に譲に会ったのだと九郎が言った。

「そう言えば、譲の用向きは何だったんだろうな。神泉苑の方から歩いてきたようだったが……」
「神泉苑……本当に?」
独り言にも似た九郎の言葉に、朔が驚き、目を見張る。
「朔殿、何か知っているのか?」

朔に向き直ろうとした九郎のつま先が、すぐ傍に転がっている石に躓いた。
その前にいるのは朔。九郎は朔を巻き込むように、草の上に倒れ込んだ。
突然のことに朔は、あまり大きくはない悲鳴を上げた。
「あ、すまん、朔殿。不覚にも、蹴躓いてしまった」
朔を押し倒した格好のまま詫びる九郎を見上げながら、朔は大丈夫だと答える。
その内心では、さっさと退いてほしいと考えるのは当然の成り行き。
そして九郎が身体を動かした時、厨の方から譲が、文字通り流星の勢いで駆けつけた。
「何やってんだよ、この野郎!!!!!」
叫ぶと同時に、譲の拳が九郎めがけて炸裂。
九郎の身体はそのまま宙に弧を描き、池に着水した。
「朔!! 大丈夫か、朔!!! こいつに、何をされたんだ?!!!!」


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