ある男の生涯―8―


 草波は椎名末吉急死に関する顛末を報告するため、鳴沢の下へと急いだ。そして残された七名の戦士達は予想外の形であっけなく事件が解決したことにすっかり毒気を抜かれ、のんびりとした足取りで帰途に就いた。

「蛸刺し食って死んじまうなんてよ、運が悪いにも程があるぜ」

と、誰にともなく飛葉が言った。

「蛸とか烏賊は当たるとやっかいだからな。あと貝な。それ程食ってなくても、運が悪りとゲロってゲリっちまうのよ」

「椎名のジイさん、戦中派だろ? 食い物を粗末にできねぇ世代だな。ん? そういや世界、あんたもそうだろ?」

チャーシューに続いて口を開いたヘボピーがからかうと、世界は不機嫌な貌でポケットから取り出した煙草に火を点ける。

「食い物を粗末にしねぇってことに、戦中派なんか関係あるかよ。俺がまだ舎弟見習いだった頃はよ、飯粒一つ粗末にしちゃなんねぇってよ、兄貴分に仕込まれたもんだ」

「ま、大事にならなくてよかったよな。ジィさんは運が悪かったけどよ、でもまぁ、てめぇが理事長してた学校の誰かの手が後ろに回るよりはよ、蛸食って死んじまったって方が、後で笑い話にもなならぁな。なぁ? 飛葉ちゃんよ」

「ま、そんなとこだな」

 両国の言葉に飛葉は同意を示すのを遮るように、八百が言った。

「しかし俺としては、あと一週間はこのヤマが片づいてくれないほうが有り難かったぜ」

「うるせーぞ、八百」

 ニヤニヤと不穏な笑みを浮かべる八百に飛葉がぞんざいに言い捨てた。

「よう、八百。何であと一週間なんだよ」

「余計なこと言ってんじゃねーよ、両国」

「おいおい、飛葉ちゃん、何むくれてんだよ。八百はまだ何も言っちゃぁいねーんだぜ?」

「いいから、もうこのヤマは終わったんだ。蒸し返すんじゃねぇ」

 不機嫌この上ない飛葉を横目で眺めている八百は笑い声を懸命にこらえている。しかし両の目尻には涙が滲んでいた。

「八百。職員会議で何が決まったんだ?」

唯一人沈黙を守っていた世界が言った。その途端、飛葉は世界を睨みつけるのだが、保護者代理を押しつけられた世界は全く動じることなく、八百の笑いが収まるのを待っている。

「蛍雪学園の卒業式の前日にな……卒業生を送る会ってーのがあるんだよ」

笑いをこらえながら八百が言った。

「んでな、伝統的にコイツには在校生全員が参加するらしいんだがな……飛葉はよ……」

「おいおい、飛葉がなんだって?」

「笑ってないで、早く先を言えよ」

 八百に話の続きを急くメンバー達を飛葉は怒鳴りつけたが、既に事件が解決している今はリーダーの叱咤など誰も聞こうとしない。実力行使とばかりに飛葉は八百を取り囲む連中を引き剥がそうとするのだが、己の楽しみのためにはリーダーである飛葉を笑いものにするのも厭わない者達には何の効果もなかった。

「飛葉はよ……ヤツのクラスがやる時代劇に出るんだとよ」

八百の言葉に一同は一斉に笑う。

「急なことで台本を変えるのも間に合わないって話でな。ヤツは相撲取りの着ぐるみを着て舞台に出るんだとかでよ。俺は飛葉の担任に、何があっても飛葉を舞台に引きずり出してくれって頼まれちまったのよ」

「あのヤカン頭、余計なこと言いやがって……!!」

飛葉が忌々しげに毒づいたが、関取の扮装をした飛葉の姿を想像したのか皆が皆、腹を抱えて笑っている。

「お前ら……俺は全然、面白くねぇぞ!! 笑うな、コラ!! おいっ!!!!」

 飛葉は致命傷にならない程度の実力行使に出たが全く効果はなく、六名の陽気な男達の笑い声は夜の空に吸い込まれていったのである。


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