ある男の生涯―6―


  飛葉の見る限り、蛍雪学園生徒会長の佐藤隆を中心に結束した生徒会役員達に疑わしき点はないという。科学部の部長も兼任していた佐藤は人望も厚く、副会長の川田は忙しい佐藤をよくサポートしているようにも見えた。クラスメイトとして、また風紀員としての川田は学校生活になかなか慣れない――正確に言えばこの事件が解決しさえすれば蛍雪学園に義理もしがらみも持たないため、誰にも歩み寄ろうとはしない飛葉にもいたって親切で、邪険に追い払っても追い払っても懲りる様子もなく、笑顔で飛葉に話しかけてくる。もちろん、飛葉の校則違反も甚だしい学生服を改めるようにとの進言も繰り返されたが、飛葉が馬耳東風を決め込んでしまうため功を奏することはない。

 取り付く島さえ与えない飛葉に業を煮やしたクラスメイト達が飛葉を糾弾しようとした時、川田は自ら楯となって飛葉を庇おうとさえした。そして川田は誰に対しても同様に振る舞い、また川田の尊敬の念を得ていると言っても過言ではない佐藤も川田と同じ種類の強い正義感を持ち、その言動に裏表のようなものも見られないのだ。

 「若いのにたいしたもんじゃねぇか。佐藤ってのも、川田ってガキもよ」

佐藤と川田の評価を聞いたオヤブンが言った。

「けどよ、ケツの青い高校生にしちゃぁ、ちょっとばかりできすぎって気もするよな」

「ヘボもそう思うのか……俺もよ、あんまりにも『そつ』とか『隙』ってヤツがなさすぎるのが気になるんだよな」

「けどよ、飛葉。お前、傭兵砦の連中に絡まれたって言ってたろ? 二人の差し金ってことも考えられねーか」

「そうだよな。実際奴らは優等生の振りして学生運動に――しかも過激派連中に肩入れしてるんだろ? 裏表が完全にないとは言えねぇよな」

「チャーシュー、両国。憶測だけで発言するのはやめろ」

 二人を戒めた草波は飛葉の方に向き直ると、厳しい声で問う。

「最も疑わしき佐藤の側にいるお前の見解を聞きたい」

「佐藤は科学部で結構な成果を出してるらしいし、先公共も下を膜ほどの博識ぶりにも一目置かれてる。学生の研究発表だか何だかで金賞を取ったって話もある。だからヤツが理事長に一服盛ったって話も考えられなくはねぇよ。現実に、それだけの実力は持ってるんだ。けどな、確証がねぇにもほどがある。俺達は状況証拠さえ揃えば犯人を逮捕できれば、始末もできる。けど、それにも限度があると、俺は思うぜ」

「つまり、佐藤隆が犯人だと特定できるだけの条件は揃っていないということか」

草波の言葉に飛葉は視線で答えたきり、沈黙する。

「チャーシュー。お前はどう思う」

「ん〜〜〜、まぁ、な。ホトケさんが灰になっちまったのがな……」

「椎名末吉が搬送先の病院で死亡した以上、司法解剖の必要は原則としてない。それに医師が食中毒死との判断を下しているのだから、遺族としては通常の葬儀と火葬の手配を行うのが妥当といったところだ」

「じゃぁ、何で俺達に極秘捜査が回ってきたんだい? 隊長」

「椎名氏の密葬が行われた際、彼の旧友が弔問に行ったのだそうだ。彼らは椎名氏の突然の死に驚き、そしてある疑惑を抱いた。椎名氏は蛍雪学園の運営を通じて才能ある若者に学問の道を開き、彼の望み通りに多くの優秀な人材を輩出したのはお前達も知っての通りだ。しかし中には佐藤隆や川田公平のように学生運動に身を投じる輩も少なくない。卒業生の中にも大学で過激な学園闘争の中心人物と目されている者もいる。彼らは蛍雪学園在学中、何度か生徒会自治の方向性を巡って椎名氏と衝突した経緯があるのだ。その際、椎名氏は理事長としての権限をフルに活用し、学生達を押さえ込んでいる。実は椎名氏が急死する数日前にも卒業式の式次第を巡る衝突があった。それ故、椎名氏の友人達は彼の死に疑問を感じたわけだ」

 草波がことの経緯を簡単に説明すると、両国は意を得たりとばかりに頷いた。

「つまり椎名氏は食あたりで死んだんじゃなく、毒を盛られたんじゃないかと考えたんだな? けど毒を使ったなら、それなりに妙な具合になるんでないかい?」

「佐藤ってヤツなら、できねぇこともねぇんだよな、コレが」

両国の言葉を受けたチャーシューが、頭を指で掻きながら言う。

「食中毒に似た症状が出る毒ってのはよ、珍しかねぇんだな」

「たかが高校生にそんな真似が……」

「まぁ、聞けよ、ヘボ。毒を盛るってのはな、科学の初歩的な知識を持ってるヤツなら造作もねぇのよ。
 腹が捩れるほど痛てぇとか、ゲロするとか、腹ぁ下して水みたいなクソ垂れるとか、後の方でチアノーゼだとか痙攣を起こしたりするのは、食中毒の症状の主立ったものなんだけどよ、実は猫イラズでも似たような案配になるんだな。猫イラズの毒性は亜砒酸――猛毒の砒素化合物の一種だ。致死量は7グラム程度で無味無臭。おまけに熱い料理にはよく溶ける。そんなだから昔っから毒を使った暗殺に使われててよ、『賢者の毒』なんて呼び名もあるくらいだ。
 あと春先だとよ、野草を食ったりするだろ? うまい野草によく似た猛毒の草もあってよ、春先は間違って食ったヤツがお陀仏になることも多いんだよ。ま、ある程度ものを知ってる人間なら、間違った振りして殺したいヤツに盛ったりできねーこともないからよ、その辺にジジィの知り合いは目をつけたんだろうよ」

「猫イラズっていやぁ、その辺の雑貨屋にも置いてるよな」

「なんだ、オヤブン。よく知ってるな。
 素人でも疑われずに簡単に入手できるそんなのを、椎名のジジィが猫イラズを盛られたとしたら? 例えばぱっと見そっくりの野生の芹に毒芹を混ぜて食わせたら? 花が咲いてなけりゃ素人にゃちょいと見分けられない二輪草とトリカブトをまぜたとしたら、どうだ? 特に野草はジジィを殺した人間が間違ったって言い張りゃぁ事故扱い。後ろに手は回らねぇ。な? つまり椎名のジジィが病死じゃなくて毒殺されたんだととしたら、周りの人間のほぼ全員が容疑者になり得んだよ。そんなこともあって、科学部の部長でジジィと何度もぶつかった佐藤ってのがマークされたってわけよ」

「けどよ、死因は食中毒なんだろ?」

「解剖もしてなけりゃ、ゲロもクソも処分済み。ジジィを診た医者が言ったから食中毒ってことになっただけなんだとよ。中毒死の物的証拠が何一つ手に入れられないとくりゃ、いくら毒と麻薬の専門家だっていってもよ、俺ッチも、手も足も出ねぇってもんだ」

 チャーシューが肩を竦めて見せた時、職員会議で集合に遅れていた八百が現れた。

「よう、どうだい、案配は」

挨拶代わりの八百の言葉に一同は曖昧な表情で応えるのみだった。

「教職員の中にも怪しいのは見当たらねぇな。念のために佐藤と川田の記録も洗ってみたが、学生運動に荷担している以外は見事な優等生ぶりだ」

八百の言葉に草波は溜息をつき、

「ではやはり、椎名氏の異常に最初に気づき、臨終に立ち会った婦人の回復を待つしかないな」

と、言った。

「ババァは、どうしたんだ?」

「夫人は椎名氏の急死によるショックで寝込んでしまっている。本来は喪主を務める立場だったがそれもかなわず、床に伏せったきりだ。椎名氏の件で私や椎名氏の友人が何度か訪ねてみたが、会えないままなのだ」

「バァサンの証言が取れたとしてもだな、混乱して記憶が曖昧になってたりしたら、どうにもならんな」

 オヤブンが呟くと、他のメンバーは一様に嘆息する。

 その時、けたたましい電話のベルがオフィスに響いた。受話器を取った草波の面(おもて)に緊張が走る。ごく短い応答だけを繰り返す草波の様子を、固唾を飲んで見守っている飛葉をはじめとするワイルド7のメンバー達の間にも緊張が走り、ごく自然に心身が臨戦態勢へと向かう。

「夫人との面会の許可が下りた。お前達も同行するように」

草波の言葉を合図に七人の猛者達は不適な笑みを口元に浮かべる。それを確かめた草波もまた自信に満ちた表情でオフィスのドアを開けた。


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