残像 3


 ワイルド7のメンバーが、彼らの溜まり場になっているスナック『ボン』に集まっていた。しかし世界が昼近くになっても現れないため、世界は彼らに格好の話題を不本意ながらも与えることになってしまったばかりか、本人の不在をいいことに、それぞれが好き勝手な憶測を交えた発言をする。それがどうにも気に入らない飛葉は、話の輪に入ろうとしなかった。

「いやー、昨夜の女。ホンットにいい女だったな」

「世界のヤツが来ないところをみると、彼女と朝寝としゃれ込んでんじゃねーの?」

「あり得ない話じゃねーな」

「無愛想なツラして、やってくれるよな」

「俺も誰かと寝過ごしたいちゃいね」

 無責任な噂話に加わる気にもなれず、飛葉は黙ってコーヒーを飲んでいた。普段、人一倍賑やかな飛葉が黙り込んでいるのも、他の者にとっては格好の話のネタとなるらしく、早速オヤブンがからかい始める。

「おいおい、飛葉よぉ。どうしたぁ? 世界を取られたからって拗ねてんじゃねーよ」

「誰が拗ねてんだよ?」

「違うのか? 昨夜っから、お前、変じゃねーか」

「もしかして、俺たちが世界に力を貸さなかったのが気に入らないとか?」

チャーシューが話に加わった。すると八百が

「なぁ、飛葉よ。ああいう時はな、世界に全部任せちまったほうがいいのさ。一人で問題を解決すりゃ、奴さんの株も上がるってもんだ」

と言う。

「できなかったら、どうすんだよ」

「おいおい、忘れたのか? あそこの署長は俺たちより階級が下だったんだぜ? 上手くいかないわけないに決まってるだろう」

「そうそう。それにな、もしも何の力になれなかったとしても、男が自分のために何かしてくれりゃ、それだけで女は嬉しいもんなんだよ」

「心配するな。世界は上手くやるさ」

 仲間の言うことはもっともである。世界ならきっと、美奈と呼ばれていた女が、彼女の知り合いと面会できるような手を打てるだろう。もし警官が強硬な態度に出たとしても、バッジを見せさえすればいい。そんなことは飛葉自身にもよくわかっている。世界のことが気がかりであるというよりも、気になるのはむしろ、飛葉の知らない名前で世界を呼んだ、世界が懐かしそうにその名を口にした女のことだった。

 かつて二人が男と女の関係にあったことは、色恋沙汰に疎い飛葉にもすぐにわかった。そして二人が憎み合って別れたわけではないことも、何となく知れた。小柄な女のために少し背を丸めて目線を合わせていた世界の態度が、言葉を交わした途端に生まれた濃密で親しげな空気が、二人かつて幸福だった過去を物語っていた。

 飛葉よりも遥かに年長の世界に恋人がいたことがあったとしても不思議ではない。そのほうがむしろ、自然だとさえ言える。なのにそれを素直に認めるどころか不満めいた感情を抱いていることに、飛葉自身が戸惑いを感じていた。

「随分、気にしてるんだな」

八百が飛葉に話しかけた。

「仲間だからな」

素気ない飛葉の言葉に、八百は口元に苦笑を浮かべる。

「それだけか?」

八百が再び、飛葉に問う。しかし飛葉はその言葉の意味が掴みかねるといった顔で、意味深な笑みを浮かべた仲間の端正な顔を見つめた。

 「飛葉ちゃん、草波さんから電話」

『ボン』の女主人が飛葉に声をかけた。飛葉はすぐに席を立ち、電話のあるカウンターへと向かったが、イコの声を聞いた飛葉がホッとしたような表情を浮かべたのを、八百は見逃さなかった。

「若いな……」

八百が誰にともなく言う。しかし彼の言葉は店内に流れる音楽に紛れ、他のメンバーの耳には届かず空気の一部にしかならなかった。

◇◇◇

 草波の指示を受け、昨夜、世界と美奈の二人を残して立ち去った警察署を再び訪れた飛葉は、刑事課の連中を少しばかり脅して任務を完了させた。とりあえず今日はもう、仕事に振り回されることはない。玄関に入った辺りにある公衆電話から草波に報告を入れた後、一旦正面玄関に向けた足を止め、飛葉は再び刑事課に戻った。

 「おい、昨日詐欺で引っ張られてきた男、どうした?」

飛葉は電話番をしている若い刑事に声をかけた。彼は先刻、散々飛葉に脅されたのがこたえているのか、自分よりも若い、けれども遥かに上の階級を持つ、チンピラ然とした飛葉に礼を失しない程度の丁寧な応対を見せる。

「男のほうは余罪を追及してる最中で、巻き添えを食った女のほうは昨夜、無罪放免になってますね」

「昨夜? 取り調べは今朝からじゃなかったのか?」

「その予定だったんですけどね。おたくの仲間が昨夜、共犯の疑いのあった女の件だけ無理矢理事情聴取をさせたんですよ。本人が何も知らないのは疑いようもないとか言って、勝手に不起訴処分に決めた挙げ句に、さっさと身元保証人に引き渡したんですよ」

知らなかったのかとでも言いたそうな刑事の口振りが多少勘に障りはしたが、飛葉は敢えて無視して話の先を促し、男は更に言葉を続ける。

「女は無罪放免ですが、男のほうはケチな詐欺だの窃盗だので前科があるし、しばらくはシャバに出られないと思いますよ」

飛葉は若い刑事の言葉を遮るように

「おい、その身元保証人の住所と名前、くれ」

と言った。すると男は

「警視長のともあろう人間が首を突っ込んでくるヤマじゃないでしょう」

と答えた。飛葉は男に向かって不敵な笑いを浮かべ

「その警視長様に対して、大した口をきくじゃねぇか。つべこべ言わずに出しゃいいんだよ」

と言う。若い刑事は少々怯みはしたが、不満を隠そうともせず、いかにも面倒だと言わんばかりに住所と名前を記したメモを飛葉に手渡した。小さな紙片を受け取った飛葉は、この件は他言無用だと念を押し、刑事課を後にした。


HOME ワイルド7 創作 長めの連載創作 NEXT