邂 逅 ―4―


 初日から数えて数日の間、飛葉は世界に対する敵対心を隠そうとはせず、隙あらば襲いかかろうとせんばかりの態度を顕わにしていたが、日を追う毎に『取り付く島』にも似た、ささやかとしか言えないながらも友好的な態度を見せるようになっていた。世界の言うこと、なすこと全てに反抗していた頃とは異なり、最近では飛葉自身が納得できることであれば素直に従ったりもする。しかし僅かでも承伏しかねる部分があれば、途端に全身に限りなく敵意に近い感情をみなぎらせてみせるのだが、世界が言葉や実際の行動などで彼の指示の正当性を示し、それに従うことが飛葉自身の利益になることを悟れば、飛葉は大袈裟なほどに面白くなさそうな顔で黙り込み、黙々と訓練をこなしていく。

 互いの自由を保証するための日常は、その中心となる課程が高度になる他に変化はない。緊張感に満たされてはいるが、単調な時間が流れる日々が退屈きわまりないことに変わりはない。だからこそ射撃訓練のように目新しい、刺激的な要素が加わるのは悪くなかった。飛葉も世界と同じ考えを抱いたのだろう。不満をぶつけて時間を浪費するよりも、課題をさっさと終わらせたがっているのは、その表情から充分にうかがえる。そして世界も、その意向を尊重するために、ダンベルを手に戸外に出た。

 飛葉が1セットのダンベル運動を終え、世界が日課のトレーニングを済ませるとすぐに、彼らはすぐに射撃訓練を開始した。世界が何丁もの拳銃を収めたジェラルミンのケースから取り出した小振りの銃を飛葉に手渡すと、飛葉はあからさまに不満そうな表情を浮かべる。

「こんなセコイのじゃなくて、そっちのデカイのをくれ」

「まだ肩ができてないうちは、22口径で充分だ」

「またそうやって、てめぇは俺をガキ扱いしやがったな!!」

怒りに頬を紅潮させた飛葉の目を見据え、世界が静かに言った。

「銃に慣れるまでの間だけ、これを使え。口径が大きいほど発砲時の反動や衝撃も大きくなる。肩や腕の負担になる力を逃がす要領を覚えるまでは、それでいい」

「言っとくが、俺は銃を持つのは初めてじゃねぇんだぜ」

押し殺した声を出す飛葉の目は、ギラギラとしている。

「ほう、銃は何だ」

「ブローニングの……サイズは、そっちのと同じくらいだ」

飛葉はそう答えて、32口径の銃を指す。

「まぁ、俺っちの撃ったのは、旋盤工見習いのダチが削り直したモデルガンだったけどよ」

「そいつは、すぐに使い物にならなくなっただろう」

「ああ、何回か遊んだら銃身にヒビが入ったっけな」

「お前の仲間が、見習い工としては腕が良かったとしても、モデルガンでは銃自体に使われている鋼の質と強度に問題がある。どうせ撃った後、ろくすっぽ手入れもしちゃいねぇんだろう。たかが子供の火遊びを何度かしたくらいで、一人前のツラをするな」

図星を突かれた飛葉は、居心地の悪そうな顔で黙り込む。

「生き残るために俺達は、毎日毎日銃を撃つことになる。最初から飛ばしすぎると、ろくなことにならん。口径の小さい銃から肩を慣らしがら身体をつくったほうが、長い間使える。命も身体も一生もんだ。大事に扱っておけば長くもつ。いずれは嫌でも無理をせねばならん時がくるんだ。それまではじっくりやるほうがいい」

そう言って世界は急ごしらえの射撃場へ足を向け、飛葉も無言で世界の後に続いた。

 最初の数発を飛葉の好きに撃たせた後、世界は飛葉に射撃の基本姿勢を、文字通り身体に叩き込んだ。飛葉が真似たであろう、映画やテレビの中で見かける射撃は確かに一見した限りでは華やかで、絵になる。しかし実践では使い物にならないことが少なくない。バランスを失した無理な体勢は身体に負担をかけるだけでなく、速やかに次の行動に移れないため──例え体勢を立て直せたとしても充分ではない点が目立ち、その分ロスも多くなり、結果として生存率の低下を招く。世界は飛葉に完璧な基本姿勢を要求し、要所要所で最低限の言葉で的確な指示を出した。飛葉の身体が指示通りに動かない時には、打擲と共に罵声が浴びせられる。その度に飛葉は悔しげな目で世界を睨みつけ、悔し紛れの台詞を一言二言吐き捨てて再び指示された動きをトレースするのだった。

 その日から午前中いっぱいは射撃訓練と銃の分解と手入れに充てられ、午後からはバイクの走行訓練が行われるようになった。飛葉は与えられたメニューを黙々とこなし、世界は飛葉の行動の問題点を指摘・矯正を繰り返し、飛葉は腹立たしい感情を押し殺して世界を納得させようとでもするように再び動き始める。

 決して妥協を許さない世界と、少年期特有の反抗心を持て余している飛葉は、まるで水と油のように相容れない存在のように見えた。出会いから数週間の時間を経ても尚、彼らの間には譲歩の気配すらなく、飛葉は彼を完膚無きまでに叩きのめした男を打ち負かすために日々のトレーニングに全力を注ぐ。そんな毎日が続いていった。


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