邂 逅 ―2―


 牧舎から離れ、世界は煙草に火を点けた。オートバイのエンジン音がゆっくりと近づくのを眺めていた。飛葉はゆっくりと世界の正面にバイクを停め、どうだと言わんばかりの視線を投げて寄越す。

 かわいげなど毛頭感じられない、自信に溢れた様子は悪くないと世界は思う。だがどんな状況でも自分を見失わないためには自己を客観的に観察・分析した結果得られる、限りなく確信に近い自信の他、常に冷静さを保つためのある種の謙虚さや自制心といったものも併せ持たねばならない。それは彼が長く生きてきた世界で生き残るために必要な、絶対条件だった。己を過信していたり、過ぎるほどの慎重さや謙虚な考えは死神に付け入る隙を与えてしまう。様々な恐怖や危険を充分に把握した上で、敢えて戦いの渦中に臆することなく飛び込み、冷静に事態を収拾でき得る精神力を僅か数カ月で養わねばならないのだが、果たしてこの負けん気が強いだけにしか見えない少年が、それに耐えられるのだろうか。

 飛葉の資質が士官以上のクラスを狙えるものか、十把一絡げの歩兵にしかならないものかを早急に見極める必要があると、世界は考えた。見込みのない人間を相手にするのは時間の無駄でしかない。クライアントである草波の要求を早く確実に満たすためには、訓練を始める前に多少の探りを入れたほうが合理的でもある。そして世界は、飛葉を試すための駆け引きを始めた。

 「ガキのお遊びにしては、上出来だ」

「何だと……」

世界が平均よりも小柄な少年に横柄な視線を落とした途端、飛葉はに気色ばみ、瞳に闘志を揺らめかせる。

「無免許で、盗んだバイクを乗り回していた割には上手いと誉めてやったんだぞ。もう少し喜んだらどうだ? 暴走族同士の揉め事なら、さっきの走りでも充分だ。だが、この先、生き残るのは無理だな」

「どういう意味だ?」

憤りを隠そうともしない飛葉の声に、世界は心の内でほくそ笑んだ。

「子どもが火遊びなんぞをすると、大火傷をするぞ」

「……俺はガキじゃねぇ」

飛葉の瞳に浮かんでいた闘志の色に、殺気めいた光が宿る。

「俺はこの走りで、俺のやり方でやってきたんだ。何も知らないお前に、あれこれ言われたかぁねぇな」

「お前らと同じ穴の狢にサツくらいだろう、相手にしたことがあるのは。暴走族なんてのはな、自分の力だけじゃ何一つできねぇ甘ったれたガキどもがバイクのスピードと加速を使って、てめぇが能なしだってことをごまかしてるだけなんだよ。一人で走ってるならまだしも、徒党を組まねぇことには何一つできない奴等は、ただのクズってとこだ」

 飛葉の様子を醒めた目で観察しながら、世界は言葉と視線で更に挑発する。

「白バイに跨ってる奴等はお前らみたいなクズを相手にする程度の腕しか持ってねぇ。そんな奴等相手のケンカに勝ったくらいで、偉そうな口をきくな。聞いてるほうが情けなくなる」

身長差を最大限に生かし、世界は怒りを全身に漲らせている少年を見下ろした。

「……てめぇは……どうなんだ。そんだけでかい口を叩くくらいだから、さぞ上手くバイクを扱えるんだろうな」

「ああ、お前よりも数段上だ。それにお前がヘボライダーだってこともわかってるさ」

「俺はいつだって、俺のやり方で誰よりも早く走ってきた。俺の走りで俺自身も、それから仲間だって守ってきたんだ」

「そんなことは、道交法を守ってたってできる。だが道交法なんぞ、屁とも思っちゃいねねぇ――それどころか世の中の法律だとか常識だとかを全部無視して横紙を破ろうとする連中相手に、お前の走りは通用せんさ。仲間を守るどころか、敵に牙を立てる前に、蜂の巣にされちまうのがオチだ」

「聞いたような口、きくじゃねぇか……」

 先刻、飛葉の瞳の中に閃いた光は、殺意を孕んだ敵意に育っている。

「俺達はワイルド7だとかってぇチームを組むらしい。俺達の雇い主はお前をリーダーに据えたいらしいが、今のお前には無理だな。歩兵には使えても、アタマは取れん」

「てめぇに何がわかる……」

「わかってないとでも、言いたそうだな」

「てめぇさえよけりゃ、嫌っていうほどわからせてやるぜ」

そう言うと飛葉は、挑戦的な笑みを浮かべた。

 いとも簡単に術中に陥った飛葉の目を見返している世界の、とうに灰になっていたはずの胸の奥深くにあった熾火がゆっくりと熱を帯びてゆく。

 久しく忘れていた、身体の芯を灼く感覚に冒されながら、世界は生意気なことこの上ない眼前の少年の鼻っ柱を、どうやってへし折ってやろうかと考えると同時に、草波が見出したという才覚を可能な限り伸ばしてみたいという欲も覚えていた。

「泣きを見ても知らんぞ」

世界の言葉に『上等だ』と飛葉が答え、世界は草波に夕方まで留守にすると告げて、手入れの行き届いたハーレー・ダビッドソンのエンジンを回す。

「俺を追い抜くことができれば、お前を認めてやる」

世界は飛葉にそう宣言し、彼らは煙るような小糠雨の中を出立した。


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