モノローグ ―2―


 席を離れた草波が、窓辺に移動する。

「残念だが、これからは外の連中と関わってもらうことになる。
 この世には警察の捜査の手が届く悪と、法の目をかいくぐり、時には国家権力をほしいままにする悪党が存在する。警察の手にかかるような連中は、所詮小悪党に過ぎない。問題は自らの手を下すことなく、私利私欲のために悪の限りを尽くそうとする、悪知恵のはたらく悪党どもだ。物的証拠を残すことなく、自らの保身のためであれば人を殺すこともはばからない。そういう奴等は皆、自分の手を汚すことなく目的を達成する術を心得ていて、持ち駒に汚れ役を押しつける。捨て駒にされた人間は僅かばかりの報酬と引き替えに人生を、時にはその生命さえ売り渡してしまい、最終的には警察のやっかいになるか、組織の手で亡き者にされるか、どちらかの結末を迎える。この輪廻が繰り返され続ける限り、本当の意味で悪党を根絶やしにすることはできん」

「それは、今に始まったことじゃない」

微かな揶揄を含んだ言葉を男が口にしたが、草波は構うことなく話を続けた。

「法に守られ、ぬくぬくと暮らしている悪党どもの息の根を止めるためには、法を超越する力が必要だ。令状なしに捜査や逮捕を実行でき、取り調べや裁判などの過程を経ることなく、悪事を働いた真実を掴んだ瞬間に死刑を執行できる組織がな。そして私は、その組織の編成に必要な条件の全てを整えた」

草波は部屋の中央にしつらえれた応接セットのソファに、前屈み気味に座る男のほうに向き直った。

「チーム名は『ワイルド7』。メンバーは元死刑囚、現在審議中ではあるものの、確実に死刑判決が下されるであろう者を中心とした7名。毒を制すことのできる、社会の闇で息を潜めている毒を超える毒と呼べる悪党たちを集めることにしている。お前にはメンバーの訓練指導をしてもらおう」

男は敵意に満ちた視線を草波に向けた。そして草波は強い意思の力を秘めた男の目を見返すと、口元に微かな笑みを浮かべる。

「悪党どもの命乞いに耳を貸すことなく、確実にターゲットをしとめられる腕を持つ、殺しのプロ集団がほしい。移動には基本的にバイクを使用する」

「他を当たれ」

男は草波の顔を見据えたまま、低い声で言った。

「射撃の腕、ナイフの使いこなし、バイクの操縦――特にサーカスで得意としていたアクロバティックなバイクの乗りこなしは、敵の気勢を効果的に殺ぐことだろう」

「他を当たれと言った」

絞り出すような声を出した男の瞳には、殺意が揺らめいている。草波は指先で眼鏡を押し上げた。

「私はお前を買い上げた。殺しのプロとしての全てを、私が送り込む人間に叩き込むのが、お前の第一の任務だ。メンバーとなる人間はお前と同じ穴の狢。つまり、一筋縄ではどうにもならない悪党どもばかり。そいつらの牙を磨き上げ、従順な猟犬に仕立て上げろ」

「猟犬が結託して、あんたの喉笛を咬み切る可能性を考えたことがないのか?」

「裏切り者には死をもって対応する。どうせ死刑が決まっているも同然の連中だ」

男が捕らえた草波の瞳の奥には、炎が揺らめいていた。裡に秘めた怒りや憎悪を感じさせる激しい炎の影には、正義への熱い思いが見え隠れしている。

「少し時間がほしい」

数分の沈黙の後、男が言った。

「1年近く、まともに身体を動かしていない。随分と怠け癖がついているはずだ。勘を取り戻したい。メンバーの面倒をみるのは、それからにしたい」

「いいだろう。1カ月だ。その間にメンバーの訓練の準備も整えろ。銃とバイクは好みのものを揃えよう」

「モーゼル・ミリタリー。それからハーレー・ダビッドソン。排気量はできるだけ大きいものを」

「モーゼルとはまた、前時代的なものを……」

「使い勝手が良い」

「レバーの切り替えでフルオートマティックになる程度のスペックが? たかが15発の弾丸を数秒間打ち込んで、何になる? それにあれは、すぐに調子が悪くなる」

「たかが十数発の弾でも、敵に動揺を与えるには充分効果を発揮する。それにジャミング(注1)は、撃ち手次第で防ぐことも可能だ」

「時代錯誤とも言える職人肌だな。お前の気が変わった時のために、他にも銃を用意しておこう」

「ピストルは22口径から38口径までのものを3丁以上、40口径以上のものは1丁ずつあれば、しばらくは事足りるだろう。ライフルとショットガンは任せる」

「随分と贅沢な注文だ。だが22口径のピストルなど、護身用にしかならないことを、知らないわけではなかろう。そんなものを、どうするつもりだ」

「素人にいきなり38口径を持たせるのは自殺行為だ。22口径は女子供でも扱えるようなものを――。体格と腕に合わせて道具を選んだほうが効率がいい。すぐに大口径の拳銃を扱える人選が可能ならば素人用の銃は必要ないが、今の日本ではそういうわけにもいくまい」

男の言葉に草波は皮肉な笑みを浮かべて承諾の意を伝えると、

「随分と建設的だな」

と、言った。男は草波から目を逸らすことなく

「買われた身となった以上、最善を尽くす主義だ」

と、答える。

「いい心がけだ。ところで……」

草波は懐から取り出した煙草に火を点けると、静かに男に歩み寄った。男は差し出された煙草を1本抜き取り、卓上ライターに手を伸ばす。二本の紫煙がゆっくりを絡み合い、天井へ上る。

「お前は何と名乗る?」

草波の問に男は数秒の沈黙の後、

「『世界』と」

と答えた。


(注1)ジャミング:銃身に弾丸が詰まり、銃が動作不良を起こす現象。銃の手入れが不充分な場合に生じやすくなる。モーゼル・ミリタリーは単発発射、機関銃連射の両方の機能を持つため内部構造が複雑で、動作不良を起こしやすい銃として知られている。


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