七夜目の真実―Side of Conclusion 4th―
帰宅した翌日の早朝、飛葉の眠りは刑事に破られた。飛葉に対する事情聴取は一両日に及び、事件はとりあえずの終結を見せてはいたが、飛葉はなかなか自由になれなかった。それでも2度目の事情聴取を強引に切り上げさせ、飛葉はゆっくりと話すこともできなかったメンバーに会うために馴染みのスナック『ボン』に向かう。
店内では相変わらず、ワイルド7のメンバーが他愛のない話に興じ、生意気盛りの志乃ベエとしっかり者の店主のイコが忙しそうに立ち働いている。その様子をガラス越しに見送り、飛葉は数日ぶりに店のドアを開いた。10日近く顔を出さなかった飛葉に幼い志乃ベエが、誰を真似ているのか、剣を含んだ大人びた言葉を投げて寄越す。飛葉はそんな志乃ベエに少しばかり大袈裟な言葉と動きでいとも容易く降参し、イコと6人の仲間たちは笑いながら二人のやりとりを眺めている。見慣れた、けれど見飽きることのない仲間たちの姿を間近に見ることができてようやく、飛葉は7日間もの間続いていた緊張を解くことができるような気がした。
◇◇◇ 「とにかく、ひでぇんだ、連中はよ。俺は被害者で、今回は事情聴取ってことで呼ばれたはずなのに、まるで凶悪犯の取り調べだぜ。茶も出なけりゃ、菓子もねぇ。昼飯だって俺が言い出すまで食わせもしねぇし……」
警察での待遇がいかにひどく、理不尽なものであったかを飛葉は語るのだが、彼以外のメンバーはそれを陽気に笑い飛ばすばかりだった。
「そりゃ、飛葉ちゃん。日頃の行いが悪すぎるからだよ」
「そうそう。自業自得ってヤツだ」
「今までさんざん、悪さしてきたんだからな。俺は、奴らに同情しちまうね」
「てめぇらに、そんなことが言えんのかよ。どいつもこいつも、叩けば埃しか出ねぇクセによ」
日頃から口の悪い仲間の悪態に、飛葉は唇を尖らせる。それが子供じみているとからかわれると、飛葉は憤懣やるかたないといった具合にふんぞり返った。そんな飛葉の態度を笑う彼らのテーブルに煎れたてのコーヒーとケーキが運ばれる。飛葉以外のメンバーは、最初こそ怪訝な顔でケーキがテーブルの上に乗せられるのを見ていたが、それが飛葉の奢りだと知るやいなや、全員が日頃の健啖ぶりを発揮した。そして普段は甘いものを口にすることのない世界も、この時ばかりはフォークを取る。
世界が差し出したケーキの残り半分を飛葉が受け取った時、草波が現れた。
「飛葉。貴様事情聴取を放り出して、こんな所で何をしている。油を売っている暇があるのなら、署に出頭して事件の解決に協力しろ」
草波の言葉に和やかな空気が一変した。飛葉の顔から先刻までのくつろいだ表情が消え、その瞳に暗い色が広がる。
「知ってることは洗いざらいぶちまけてきたんだ。これ以上、何も話すことはねぇよ。あとはあの野郎に訊きゃいいだろう」
飛葉が威嚇めいた声音で答えると、草波が眼鏡に手をやりながら言った。
「それができないから、お前に出頭要請が出ているのだ」
「どういうこったい、そりゃ。野郎は死んじゃいねぇんだ。だったらヤツに訊くのが筋ってもんじゃねぇのか」
席を空けるように草波が促し、チャーシューが席を立つ。他のメンバーがベンチ状のシートに彼が落ち着くのと同時に、草波が口を開いた。
「警察が現場に到着した時、佐倉川は極度の精神的緊張によりひきつけの発作を起こした。その後、佐倉川は病院に収容されたのだが……」
「死んだのか」
「いや、生きてはいる。だが、本件の事情聴取はできない状況にある」
「どういうことだ」
「意識は戻ったのだが、精神は正常な状態には回復していない。佐倉川は医師や看護婦の呼びかけにも一切反応せず、意識が回復してから一度も水も食事をとっていないのだ。今のところは点滴と薬で健康状態を維持してはいるが、何も聞こうとしなければ、何も話そうともしない。ただ焦点の合わない目で壁を見つめているだけだという報告があった」
草波は煙草に火を点け、ゆっくりと紫煙を吐いた。
「お前たちが佐倉川から聞き出した事件の動機は、あまりに信憑性に乏しすぎる。それ故、警察は事件の核心となる部分を知りたがっているのだ。そして飛葉。それを握っていると思われるのは、本件の唯一の生き証人である貴様だけなのだ。わかったら、さっさと署に……」
「くだらねぇな」
草波の言葉を遮るように飛葉が言った。剣を含んだその言葉に、7人の視線が集中する。
「てめぇのしでかしたことの責任も取れねぇヤツの戯言なんざ、聞いても何の役にも立ちゃしねぇさ。ヤツは友達ほしさに、その辺の人間をかっさらって閉じ込めて、その挙げ句殺したってだけの、それだけの話だ。野郎の言うように直接手を下しちゃいないとしても、ヤツが6人の人間を自殺に追い込んだ。それだけは確かだ」
「なら、何故、貴様は生きている」
草波の問いに、飛葉は口許に不敵な笑みを浮かべた。
「ヤツが役不足だっただけさ」
そういうと飛葉は、何事もなかったかのようにコーヒーカップに口をつける。
「脅してもすかしても、もう何も出ねぇぜ。警察でフルコースでも食わせてくれっていうんなら行ってやらねぇこともない。けどよ、それでも話すことはねぇよ」
「そんな言い分が通ると思ってるのか」
「それを通すのが、隊長。あんたの仕事だろ? あんたの大層な肩書きは、こんな時のためにあるんじゃないんですかね」
それから飛葉は隣にいるオヤブンの手から週刊誌を取り上げ、ページを繰り始めた。草波を完全に無視しているふてぶてしい態度にあきれ果てたのか、草波は忌々しそうな目で飛葉を一瞥して店を後にした。
「いいのか」
世界が問う。
「俺は洗いざらいサツでぶちまけてきた。隠してることなんか、これっぽっちもねぇ。何度も言わせるな」
飛葉が雑誌から目を上げずに言い捨てたその言葉を機に、彼らは普段のペースに戻った。オヤブンに週刊誌を取り上げられた飛葉は、文句を言いながらも世界から譲られた残りのケーキを平らげ、八百はチャーシューと通りを行く若い娘の品定めをし、それをヘボピーと両国が『鼻も引っかけられやしないクセにと』からかう。平素から口数が多いほうではない世界は静かに紫煙を燻らせ、時折メンバーの会話に言葉を挟む。その見慣れた風景を眺めながら、飛葉は仲間という名の彼の居場所の温もりを感じていた。