七夜目の真実―Side of Conclusion 3rd―


 応接間から出る飛葉を声もなく見つめていた佐倉川の身体が、突然激しく震え始めた。その様子に気づきいた八百が佐倉川の肩を押さえようとしたが、その手は勢い良く振り払われる。八百がかけた言葉も佐倉川の耳には届いていないのか、彼は歯の根も合わぬ様子で飛葉の消えた方向を見つめていた。

「佐倉川。最後にいくつかの質問に答えろ。地下室の棺の中にいるのは、この6人なのか」

世界の問いに、佐倉川が微かに頷く。

「何故、殺した」

「殺してなんか……ない」

「何故、閉じこめた」

「友達に……なって……」

「他の方法を、何故とらなかった」

「だって……誰も僕を見てなんかくれないんだ。仕方ないじゃないか。テストで1番をとったって、大学に入ったって……。会社でだって……頑張っても……真面目なくらいしか取り柄がないから……なのに誰も僕に話しかけてもくれなかった……」

佐倉川は一気にそう言うと、絶望的な嗚咽を漏らしながら涙を流した。

 遠くで聞こえていたパトカーのサイレンが、少しずつ近づいてくる。

「そろそろ、お迎えが着く。続きは警察だ」

世界の言葉に、佐倉川の肩がびくりと震えた。

「その前に……もう一度だけ飛葉君に……仲直りを……」

「やめとけ。今のアイツはもう、お前の話なんか聞きゃしねぇよ」

ヘボピーが言った。

「どうしてもって言うんなら、警察で洗いざらい喋って、ムショでちゃんとお務めを果たしてきな。そうすりゃ、飛葉も考え直すだろうぜ」

「君たちは、飛葉君の友達なんだろう? だったら……」

「ダチをひどい目に遭わせた男の頼み事を聞くほどお人好しじゃねぇんだ、生憎とな」

視線で佐倉川に取りすがられた八百が冷たく答えた。

「飛葉君と友達なのに……」

「飛葉はダチだが、てめぇのことは知らねぇ」

「そういうことだ。悪く思うなよ」

八百に次いで言ったヘボピーが佐倉川を立たせようと、その身体に触れた途端、佐倉川が全身を激しく振るわせた。

 口から泡を噴き出し、全身を硬直させた佐倉川は椅子から床に転げ落ちる。低く唸る佐倉川の頬を世界が数度打ったが、反応は何一つない。舌を噛んでしまわないようにと、両国が布を巻き付けた棒切れを佐倉川の口に差し込んだ。佐倉川は抵抗こそしなかったが、固く閉じられた口を開くためには大の男が二人がかりにならなければならなかった。それでも苦労の末、佐倉川に棒をくわえさせることはできたが、すぐにそれが折れる鈍い音が聞こえた。

「おい、棒が折れちまったぜ」

「ああ、かまわねぇよ。要は舌さえ噛まなきゃ、いいんだ」

両国とオヤブンが震える佐倉川の蒼白の顔を覗き込んでいる時、私服の刑事と制服を着た警官が数名が応接室に到着し、その後に草波が続いた。

警官たちが佐倉川を連行しようとしている警官たちを一瞥もせず、草波は応接室を見渡した

「オヤブンは、どうした」

「飛葉を送っていきましたぜ」

「飛葉だと? 飛葉が何故、ここにいるんだ」

「この家の台所から地下室に行けるようになってんだ。で、通路の奥の部屋の片方に6人のホトケが、もう片方の部屋に飛葉がいたってこったよ」

ヘボピーの言葉に残りの警官が走り出る。

「では、何故、飛葉はここにいないのだ。事件の関係者には事情聴取があるということくらい、お前たちにもわかっているだろう」

「狭い部屋に監禁されていたせいか、飛葉はずいぶんと弱った様子だったんでね」

世界が言った。

「あれが、そんなにヤワなはずがあるまい」

草波の厳しい視線など意に介してなどいない動作で懐から煙草を取り出し、世界は殊更のんきな調子で答える。

「じっとしていることが苦手な男が、何日も狭い部屋に押し込められてたせいだろう。ずいぶんと参ってたな」

「貴様、勝手なことを……!」

「少なくとも今夜一晩、飛葉には休養が必要だ。俺がそう判断した」

「私に一言の断りもなくか」

「この現場の責任者は、俺だ」

世界は紫煙を吐いてしまうと、憤りの満ちた草波の目を見据えた。

◇◇◇

 飛葉はバイクのリヤシートから降り、数日ぶりに戻るアパートを見上げた。

「懐かしいか?」

と、オヤブンがからかう。

「まぁ……な。ちょうど、7日ぶりだ」

飛葉はオヤブンのほうを向き、

「上がってけよ。少しくらいなら、かまやしねぇだろ。それに……ちょっとばかり、聞いておきたいこともあるしよ」

オヤブンは鼻を鳴らすと、階段の下に停めてある飛葉の愛車の隣にバイクを移動させた。

 鉄製の階段を上がった飛葉がドアのノブに手をかけた時、

「しまった。鍵がねぇ」

と、言う。オヤブンは飛葉を横に押しやり、ピックを使って鍵を開けた。

「鍵、つけなおしたほうがいいんじゃねぇのか? こんな簡単に開いちまう鍵なんか、クソの役にも立たねぇぞ」

「そんなことすんのは、お前らくらいなもんだぜ」

二人は笑いながら軽口をたたき、室内に入る。灯りを点け、茶を煎れるために流しの前に立った飛葉が

「丼が……」

と言うと、オヤブンが

「ああ、ヘボが洗ったんだ」

笑いながら答えた。

「実はな、お前さんの居所が全然掴めなくってな。さっきのヤマが持ち上がってんのによ。隊長が飛葉を探すように命令したんだけど、ダチのとこまわってもいやしねぇもんで、もしかしたら部屋ン中で死んでんじゃねぇかってな……」

「で、さっきと同じようにして入ったのか」

「勝手して、悪かったな」

「別に……お前らに見られて困るようなものはねぇよ」

飛葉はそう言い、薬缶をコンロにかける。

「で、丼だが……」

二人は奥の和室に座り、話を続けた。

「この前来た時、汚れたまんまの丼が流しに突っ込んだままじゃ落ち着かねぇとか何とか言って、ヘボが洗いやがったんだ。

 ヘボの野郎、汚れた丼を見て、お前に何かあったんじゃねぇかって言いやがんだ。チャーシューも飛葉はよっぽどのことがねぇ限り、汚れ物をそのまんまにしちゃおかねぇってな。確かに食い意地の張ってる飛葉にしちゃ、妙だってことになってよ。それからヘボと世界とでお前を捜してたんだ」

「なんで、世界まで……」

「バイク、置いたままだったろ。だから、遠くに行っちゃいねぇはずだってことになってな。で、お前ンちに一番近いとこに住んでる世界が、この辺りを2〜3日回ってたってワケだ」

「世話……かけたな」

「よせやい。おめぇらしくもねぇコト、言ってんじゃねぇよ。ほら、湯、沸いてるぜ」

オヤブンはそう言い、片手を振って飛葉を流しへ追いやった。

◇◇◇

 飛葉は彼の不在中に舞い込んだ事件の大まかな話をオヤブンから、オヤブンは飛葉から監禁されていた間の状況を簡単に聞きながら、互いの知らない空白を埋めた。そして何杯目かの茶を飲み干したオヤブンが、暇を告げながら立ち上がる。

 三和土でブーツを履いていたオヤブンが飛葉を振り向き、

「あ、そうだ。飛葉。おめぇ、ヘボと世界に昼飯くらいおごってやれよ」

と言った。

「なんで、二人だけなんだよ」

「ヘボはお前をさんざん探し回ったし、丼だって洗ってやったろ? 世界はな――あの男は何も言いやしねぇけどよ、多分、俺たちの知らないところで草波にネチネチとイヤミを言われてるはずだ。それにおめぇの代わりに今回のヤマを仕切ったんだしな。それくらいしてやっても、罰は当たらねぇよ」

「わかった。けどよ、お前や他の連中も同じじゃねーのか」

「まぁ、な。けどよ、俺たち全員に飯を奢ったりしちゃ、財布が空になっちまうぜ。俺たちは……そうだな、ボンでコーヒーでも飲ませてくれりゃいいさ」

「ケーキもつけてやるよ」

「そりゃ、ありがてぇ。けどよ、喜ぶのは両国と八百くらいのもんだぜ」

オヤブンが立ち上がり、下駄箱の上のキーを取る。

「ま、明日からお前は大変だからよ、今日はゆっくり寝ろや」

「どうせ真夜中に、隊長にたたき起こされるさ」

「ああ、その心配はないと思うぜ。たぶん、世界が上手くやってる」

オヤブンはそう言うと、片手を挙げて部屋を後にした。

 オヤブンのバイクの音が聞こえなくなるまで玄関先に立っていた飛葉は、大きな伸びを一つして和室に戻った。それから押入から布団を引っぱり出した布団に潜り込んだ。


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