七夜目の真実―Side of Conclusion 2nd―
地下の通路を駆け抜け、台所に続く階段を登り切った飛葉は軽い目眩を覚えた。飛葉のいた地下室は天窓から太陽の光を取り入れられるようになってはいたが、それでも通常浴びている光量を遙かに下回るものだったらしく、飛葉の目は数日の間に白昼の光に耐えることが難しいほどに弱っていた。飛葉は何度か目を瞬かせると周囲をうかがい、人の気配を辿るようにゆっくりと屋敷の奥に進む。
台所を出てすぐの廊下を歩いていた飛葉の耳に、聞き覚えのある声が届いた。その声を頼りに歩みを進めていた飛葉は、ほどなく開け放されたドアに辿り着いた。部屋の中に世界とヘボピーの姿を見つけた飛葉が、驚きの声を上げる。
「世界……! それにヘボまで……!」
「よう、飛葉。生きてたか」
出入り口に立つ飛葉を見つけたヘボピーが、片手を挙げて飛葉を室内に招き入れる。世界は飛葉と目線を合わせると唇の端を僅かに上げると、懐から煙草を取り出し、ゆったりとした動作で火を点けた。そして佐倉川は絶望と恐怖が綯い交ぜになった表情を浮かべ、言葉なく飛葉を見つめている。
「佐倉川……」
佐倉川との距離をゆっくりと縮めながら、飛葉が静かに男の名を口にした。
「地下室の……あれは……あの6人は一体どういうことだ」
飛葉の言葉に世界とヘボピーの目に緊張が走る。
「俺より前に、地下室に繋がれてた連中なのか」
飛葉は佐倉川の目の前に立ったが、佐倉川は床に視線を落として黙したきり、顔を上げようともしない。
「殺したのか」
飛葉の言葉に、佐倉川が力無く頭を振る。
「じゃぁ、何で6人もの死人が地下室にいるんだ」
そのの態度に業を煮やしたのか、飛葉は手錠で椅子に繋がれた佐倉川の胸ぐらを掴み、うなだれている男の顔をあげさせた。
「……僕じゃない……ご飯を食べてくれなかったり……着ていたもので首を吊ったりして……僕が殺したんじゃない……」
そう言うと、佐倉川は怯えた目で飛葉を見上げた。
「君だけ……飛葉君だけだったんだ……ご飯、ちゃんと食べてくれたのも……僕の名前を訊いてくれたのも……飛葉君が初めてだったんだ……」
「ワケもわからず、あんな狭い部屋に閉じこめられちゃぁよ、並みの人間は水も喉を通りゃしねぇって」
いつの間にか地下室から戻ってきていたオヤブンが言った。
「世界。二つの地下室のうち、片っぽには飛葉、もう片っぽにはホトケさんが6人いたぜ。随分と古い死体だったが、とりあえず手配書との数は合ってる」
「両国はどうした」
「二階。他の連中に報せにな」
やがて騒々しい足音と共に両国と八百、チャーシューが戻り佐倉川の周囲を固めた。佐倉川に最も近い位置に立つ飛葉が
「棺桶の中の連中とも、友達になるつもりだったのか」
と問う。佐倉川は力無く頷き、
「みんな、いい人だったんだ。だから友達になれると思ったんだ。なのに誰も、友達になってくれなかった。いつも優しくしてくれてたのに、ここに来た途端に僕を責めるんだ。僕は友達になってほしかっただけで……だからご飯を運んだりしたのに、誰も食べてくれなくて……食器をひっくり返されたり……割れた食器の破片で手首を切った人とか……朝行くと、壁に額を打ち付けて倒れている人もいて……恐くて……そんなことにならないように服とか預かったけど、そうしたらもっとひどいことになって……中にも入れなくなって……」
「だから俺を裸にして、手足にロープを繋いだのか」
「そうしなきゃ、飛葉君も死んでしまうと思ったんだ」
「そいつは誤算だったな。飛葉は最悪の状況の中から生きて帰ることに関しちゃ誰にも負けねぇ、命汚ねぇヤツなんだよ」
八百が言い、他のメンバーがその後に続く。
「そうそう。生き残るためなら残飯だって食う野郎だ」
「死に神だって、半殺しにしやがるぜ。飛葉ってヤツはよ」
「相手が悪かったな」
「だが、まぁ、飛葉を繋いだってのはいい読みだ。でなきゃ、とっくにお前は7つ目の棺桶に入ってらぁ」
悪態をついたり、飛葉を小突いたりしている揃いの隊服に身を包んだ男を見回した佐倉川が
「君たちは……飛葉君の友達なのかい」
と言った。
「生き死にを、一緒にくぐり抜けてきた相棒だ」
世界のその言葉に、佐倉川は嗚咽をもらし始めた。うなだれているため表情は見えなかったが、床に落ちた水滴がたちまち大きな染みを作り始める。
「なんで、お前が泣く」
飛葉が問うたが、佐倉川は何も答えず、ただ泣き続けた。
これ以上の尋問は効果的ではないと判断したのか、世界が膝を軽く叩いて立ち上がった。
「さて、後の始末は警察の連中に任せるか。誰か草波に連絡してくれ」
世界の言葉に八百が部屋を出る。
「飛葉。お前は明日からの事情聴取で制服組にいびられるのは目に見えてるからな。今日はもう、上がれ」
と、世界が言ったが、飛葉はそれを聞き入れようとはしない。
「冗談言うな。だいたい被害者の俺が、なんでいびられなきゃなんねーんだよ」
「お前は日頃の行いが悪すぎる。それに、そのなりで引っ張られちまえば、いい笑いものだぞ。とにかく、今日は美味いものでも食って、ゆっくり寝ろ。どうせ明日から、ろくに寝かせちゃもらえんぞ。ゆっくりできるのは今晩くらいだ」
「送ってやるよ、飛葉」
不服そうな顔の飛葉の腕を取り、オヤブンが言った。
「嫌だね、俺は。この落とし前をつけるのが先だ」
「飛葉」
先刻よりも若干強い声で、世界が飛葉を制した。
「ワイルド7のリーダーはお前だ。だが、今、この場を仕切ってるのは俺だ。指示に従え」
「世界の言うとおりだよ、飛葉ちゃん。今日は上がったほうがいい」
両国の気遣わしげな表情に、飛葉は不承不承といった様子で
「わかった。世界。今日のところは、あんたの顔を立ててやるよ」
と言い、踵を返した。その時
「待って。飛葉君、僕を置いていかないで」
と、佐倉川が叫んだ。
「ざけんじゃねぇよ。俺は、お前なんか知らねぇし、ダチになりてぇとも考えちゃいないんだ」
飛葉は佐倉川に背中を向けたままそう言い捨てると、振り向きもせずに部屋を後にした。