最強婿養子伝説 第壱拾四話

──by司書──


「譲、待て! 留めを刺すな!! 誤解だ、誤解!!!」
慌てた様子で駆けられる声に向き直った譲は、
何故、南の島でプランテーション農場を経営しているはずの兄・将臣がいるのだろうかと不思議に思った。
「兄さん、何でこんな所にいるんだよ」
「や、メシ、食いに来たんだ、メシ。それより、九郎のことだが……」
「今、本人から聞いたよ。蹴躓いただけだって」
「そうなの、譲殿。不意のことだったから、私も避けきれなくて……」
弾む息も整わぬうちに、将臣は人好きのする笑顔を浮かべながら譲の肩に手を置き、
「誤解されるようなことになったみたいだけどよ。譲、ここは大人の対応してやってくれよ。
 俺に免じて。な? 頼むよ」
と、言葉を重ねる。

結局、一体、何がどうなっているのだろうと、取り敢えず考えてみた譲だが、すぐに無駄なことだと思い直した。
きっとこの場は、将臣の顔を立てて水に流すのが得策だ。
というより、他に丸く収める術はない。
「わかったよ、兄さん」
「よく言ってくれた、弟よ! 兄は嬉しいぞ!!」
「それはいいから、ベタベタ触るなよ。いい歳をして」
「何だよ、つれねぇなぁ。久方ぶりの再会だってーのによ。
 ま、何にせよ、誤解が解けたのは何よりだな。おい、九郎。命拾いしたな、お前」
「ああ、恩に着るぞ、将臣。それに、譲。お前は本当に良い奴だ」
「いえ、俺の方こそ言葉が過ぎました。それに誤解まで……」
「武人としての研鑽が足らぬ俺を、遠慮なく叱咤してくれるのは、譲、お前くらいだ。
 今日の弓の稽古、そして、さっきの言葉は武人の心得として、忘れたりせぬよう努めよう」

生真面目さ故にピントがはずれまくった九郎の言葉に、すっかり脱力している弁慶が目の端に映る。
多分、この九郎には誰も敵う筈がないのだと痛感する譲だった。
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします。九郎さん」
この混乱しきった事態を収束できる唯一の言葉を返すと、破顔一笑といった具合で九郎が笑う。
幼子のような無垢な笑顔は、この世の全ての誤解や不幸の種を洗い流すかのようである。

「おーい、朔、譲君。大丈夫かい?」
顔をつきあわせて酒を呑んでいるのに飽きた風情のヒノエと共に、景時が庭にやってきた。
「遅いぜ、二人とも……ああ、望美もいたのか。相変わらずかわいいね……
 なんだ、将臣も来てたのか。久方ぶりだ。あっちは、どうした?
 こんな所で油を売っていてもいいのかよ」
「そうだよ、兄さん。留守の間、農園はどうしてるんだよ」
「知盛に任せた」
「ダメだろう、そんなの!!」
「そうですわ、将臣殿……じゃなくて、お兄ちゃん。すぐにでも戻られた方が……」
「大丈夫、大丈夫。尼御前と安徳に知盛の監視を頼んできたからな。
 あの二人には頭が上がらねぇんだ、アレでも」
「まぁまぁ、朔も譲君もさ。
 遠い所からせっかく来てくれたんだから、ご飯くらい食べてってもらおうよ、ね?」
八葉の中でも最も気配りの利く景時が出した助け船に、これ幸いと乗る形で将臣が言った。
「そうそう、そうだぜ? 譲と朔の料理が懐かしくてな。つい、フラフラと来ちまったんだよ。
 茶碗蒸しとかき揚げの天丼が食いたいなぁ、俺は。な?」
「あー、私も食べたい、それ!! 譲君のかき揚げ、絶品だよね。
 あとね、朔の柿の入ったなますも!!」
「もう、望美ったら子供みたいよ? すぐに用意しますから、皆さんは座敷にどうぞ」
「ご飯はあるのかな、朔?」
「ええ、譲殿。
 さっき用意するように言っておいたから、もうすぐ炊きあがると思うけど……」
「やったぁ!! 私、お腹ペコペコ!!」
望美が歓喜のガッツポーズを決めた時、厨の方から誰かがやってきた。
それに気づいたヒノエが
「良いところに来たな。敦盛、リズ先生。今日は千客万来だ」
と声をかける。

ヒノエに応じた二人は、厨に山で採れたキノコなどを届けに来たのだと言う。
かつての八葉が思いがけずに揃い、採れたばかりの山の幸や、
京では珍しい南国の珍味までが届けられた梶原邸では、
この夜を徹しての宴が開かれることとなったのである。


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