最強婿養子伝説 第壱拾参話

──byニシオギ──


「さて、九郎。そもそも君はどうして此処に?」
ようやく池から這い上がった九郎は
大量に水を吸った着物からぼたぼた滴をたらしつつ立ち上がる。
「ああ、それは、朔殿に用があって」
折角とりなしたと言うのに、また気が利かない出だしの九郎に頭を痛めつつ、
弁慶は掴みかかりそうな譲を押さえた。
「まぁまぁ譲くん。ほら、何と言っても九郎ですから。九郎、その用とは何だったのですか?」
「それは…その」
と、文字通り刺す様な視線の譲を見遣る。
「ここまで来たら、隠す意味もありませんよ」

「そう…そもそもは、譲の様子がおかしいと言う者が居てだな」
諦めた様に九郎は語り出す。
「えっ?俺の?」
「ああ、しかし正直俺にはいつもと変わらずに見える。
 だが、お前は極限まで隠して我慢する性質(たち)だからな。
 何かが起こっているのでは無いかと、朔殿に話を聞きに来たのだ」

ならば何故、自分に会った時弓を教えて欲しい等と?譲はどうにも混乱して、弁慶を振り返る。
「しかし九郎、此処の家人の言う事には、今日は譲くんに弓を習っていたとの話ですが?」
「お前も弓を習得しておけと言っただろう?弁慶」
「確かに言いましたが…」
と、何かが繋がり始めた弁慶は蟀谷を押さえる。
「先に梶原邸を訪ねた時は朔殿も譲も留守の様だったからな。出直そうとした時に譲に会ったんだ。
 譲には弓を習おうと思っていたのでそう声をかけた」
「九郎……幾度も言っているように、目の前の状況だけで行動するのは……」
「だから目の前に譲が居たから常々頼もうと思っていた弓の稽古を申し出たのではないか」
「だからじゃ無いでしょう。だからじゃ。君のその短絡的な行動のせいで僕や景時が幾度……」
「短絡的とは何だ!短絡的とは!!大体お前はいつもそうやって呆れた様に!!」

自分をそっちのけで揉め始めた二人に、譲は急速に頭が冷えて行くのを感じた。
酒気と、ヒノエの挑発で血が上ったものの、考えてみれば相手は”あの”九郎である。
それに本当に押し倒されたのだとすれば、あの朔が大人しくしている筈が無い。
大人しそうなのに、実は結構気が強い。
そこがまた魅力であるのだが。と、こちらも思考が彷徨い始めた時、

「だからな、譲。確かに稽古の時に言われた様に、足下が疎かになりがちなのは認めよう。
 酒が入っていたとの言い訳もすまい。増してや蹴躓いた時に女人を巻き込む等は
 不覚と言って良い。仮にも戦場では上に立つものとして恥ずべき事とは思うが
 『人間として最低』とまでは………」

だから何が”だから”なのだろうか。全く持って論点がずれているが、九郎は真剣そのものだ。
つまりは、武人としてなっていないのを譲に咎められたと思っているらしい。
拳を握りしめて憂う九郎。後は宜しくお願いしますとばかりに自分を見詰める弁慶。

どうしろと。と、思った時、何故か将臣が先頭をきって近づいて来るのが見えた。


第壱拾弐話 第壱拾四話
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