最強婿養子伝説 第六話

──by司書──


ヒノエに、譲が抱えている悩みを尋ねてみようかと考えた朔の唇から零れたのは、小さな溜め息だった。
自分は何の役に立てないから、譲はヒノエを相談役に選んだのである。
何を今更、周囲からは正室と認められているにもかかわらず、未だ自分は望美には敵わず、
邸で立ち働く家人と同じか、それよりも遠い場所にしかいられないのだ。
そう思うだけで、灼けるような痛みが朔の胸に広がる。

「面白くないね」
ヒノエの言葉に顔を上げると、すぐ傍に、覗き込むようなヒノエの瞳があった。
「オレの前で……いくらお前の愛しい背の君だとは言え、他の男のことを考えているなんてさ」
「そうね……私にも……そんな気持ち、わかる気がするわ」

譲はきっと自分のことよりも望美や、それから家人たちのことを先に考えている。
かりそめの妻である自分のことなどきっと、その大勢の中の一人でしかない。
どこか遠くを見つめるような瞳の朔に、ヒノエは短い口笛を吹く。
「オレ達、気が合いそうだ。そう、思わないかい? 月の姫君」
「一つ、尋ねてもいいかしら」
「一つなんて言わずに、いくらでも訊いてほしいもんだね。
 姫君のお望みのまま、全てに答えてみせるぜ?」
「私……あの月のように移り気な女に見えるのかしら……?」
だからヒノエは朔を、日毎姿を変える月になぞらえて呼ぶのだろう。
朔の言葉に、ヒノエは沈黙と艶やかな微笑でのみ応えるだけだった。
真意の見えぬ瞳の奥を覗き込むと、
「続きは、姫君の邸で話そう。その言葉に答えるには、一晩かけても足りないくらいだ」
と、ヒノエが言う。
譲の面影が朔の脳裏をよぎる。
だは朔は一瞬の逡巡の後、彼の訪問を承諾した。

朔とヒノエが邸に戻ると、景時が随分と驚いた顔で二人を出迎えた。
景時はヒノエを伴い座敷に上がり、一人残された朔は酒肴を用意するため厨に向かう。
普段とは異なる使用人の様子に譲の不在を感じたが、朔は何も言わなかった。
否、言えなかったのだ。

何度か座敷と厨を往復し、一通りのもてなしを終えた朔が使用人と一息ついていると、
裏口から賑やかな声が聞こえてきた。
「九郎さん、汗まみれで中に入らないでください。
汗臭いままだと、家の者が迷惑します」
「わかった、わかった! 譲、お前、少し口うるさすぎるぞ」
「九郎さん達が無神経すぎるんですよ。ああ、手足の泥は先に、井戸で流してください」
「わかった、わかったから、うるさく言ってくれるな」
「返事は一回ですよ、子供じゃあるまいに」

ヒノエと景時が流れのままに杯を酌み交わす座敷に、九郎の声が届いてくる。
「おい……譲は朔を迎えに出たんじゃなかったのか?」
遠くから聞こえる騒ぎに、ヒノエが言った。
「えーっと、その筈なんだけどね」
わけがわからぬ景時が、頭を掻いた。


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