最強婿養子伝説 第壱話

──byニシオギ──


穏やかな日常が続く中、その切っ掛けはほんの些細な事だった。

ある日菓子を作った譲は、いつもの様に邸の女性達に味見をしてもらい、
その好評さに安堵すると、朔の元へ向かう。

最近、譲は朔が時折機嫌を損ねている事がある気がしていた。
朔の事なので、表には出さない様にしているのが見て取れるが、
何か気に障る事をしたのかと問いてみても、
返って来るのは、そんな事は無いという返事だけであった。

現に目の前の朔は、美味しいですと言いつつも、何処か不満げだ。
菓子に手を付ける時も、一瞬迷いがあった気がする。

「皆は美味しいと言ってくれましたが……美味しく無いですか?」
朔は驚いた様にふるふると頭を振る。
「そんな事は無いです。譲殿の作るものはどれも美味しいです」
「どれも……ですか。これは、その一応自信があった新作だったんですが
 朔の口には合わなかった様ですね。…すみません」
「ち、違うの……謝ったりしないでください。
 その……。皆は美味しいと言ってたでしょう?その、私……」
「えっ?」
「わ、私はこの館の女主でもあるんですから、皆の食すものには責任があります。
 ですから先に私が……」
瞳を逸らしながら小声になる朔。
そこまで口に合わなかったのだろうかと譲は無意識に頭を掻く。

「朔、俺はそんな妙なものを作ったりしませんよ…先輩じゃあるまいし」
その言葉に朔は一瞬眼を瞠ると、

「……………もう良いです!」

と走り去ってしまった。

呆然と取り残される譲に、背後から声が掛けられる。

「あーあ、我が妹ながら素直じゃ無い事」
「譲くん、女性は愛しいと思う男性からは一番でいたいものですよ。何事も……ね」
「月の姫君の花のかんばせを曇らせるとは、男じゃないね。譲」

「景時さん、弁慶さん、ヒノエ……何でこんな所に居るんですか」
思い切り覗き見されていたとは。全く油断も隙も無い。
「ああ、一寸近くに来たもんだから、月の姫君の笑顔を拝もうかと思ってね。
 でも、お前の所為で台無しだな」
「いやいや、朔もあれで強情だからね〜。そろそろ頭が冷えて後悔してる頃だとは思うけど」
「言の葉と胸の内は必ずしも一致する訳ではありませんからね……いえ、一致する事の方が稀でしょう」
「あんたが言うと説得力があるな」
「ヒノエ、表に出ますか?」
揉め始めた二人を、景時が宥めている。

ここでも置いてきぼりをくらった譲だが、
そんな事を言われても、結局の所何が悪かったのかが解らない。
朔の去っていった方向を見遣りながらも、譲は追う事が出来ないでいた。


第弐話

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