漁夫の利 2


 大の男ばかり五人が顔を付き合わせている酒宴に華やかさなどない。だが、何を取り繕う必要のない気楽さだけはある。そのためなのか、酔いのせいなのか、譲の口調は極めてぞんざいになっている。また酔うと絡む質らしいと、将臣は普段の譲からは想像もできない振る舞いを、多少の驚きを感じながら眺めているのだが、その相手が知盛というのがいかにも譲らしいと思う。確かに譲は小さな頃から妙に正義漢が強いというか、道徳的というか、生真面目が過ぎる面があり、暴力的な言動に容赦のない部分があった。

 源氏の神子──異世界から共にやってきた春日望美と刃を交えることに意義を見出している知盛を許せないのはわかる。それに幼い頃から見つめ続けていた初恋の相手を、自分達とは異なる世界で生きている男に横取りされた今は、何かに当たり散らしたい気持ちも理解できた。故に将臣は、譲が知盛を相手に八つ当たりを続けるのを、静かに見守っている。

「結局……お前は鼻も引っかけられなかったわけだ」

そうだろうと、唇の片側だけを僅かに引き上げた知盛が言った。

「うるさい。お前だって、同じだろう」

「違うな……」

「違わない!!」

「神子の腰巾着でしかないお前と一緒にするな」

「黙れよ、変態ストーカー」

「なんだ、それは? 有川、“すとーかー”とは何だ? “らっきー”だとかと似たようなものか?」

「黙れよ、ストーカー。だいたい兄さんも兄さんだ。どうして先輩を引き止めなかったんだよ!! 兄さんさえしっかりしてくれてたら……そうしたら……」

八つ当たりの矛先が急に向けられ、将臣は慌てて譲の椀に酒を注ぎ足す。

「しょうがねぇだろ? 俺はあっちとこっち、行ったり来たりだったんだからよ」

「兄さんさえ先輩の傍にいてくれたら……そうしたら、あんな男に……!!」

「ちょっと待て。お前はどうなんだ、譲。お前こそ、ずっと望美と一緒にいたんだろう?」

「俺が悪いっていうのか?」

「ていうか、毎日毎日、望美の好物を作ってたんじゃないのか? 美味いメシで、どうして釣り上げらんねーんだよ、お前は」

「先輩を魚に例えるなよ、失礼だろ? だいたい、いつも兄さんは……」

「まぁまぁ、お二人とも。せっかくのお話に水を差すのは申し訳ないですが、もう少し、穏やかに話し合いませんか?」

口喧嘩を始めた有川兄弟の間に割って入ったのは経正。彼は穏やかな態度を崩すことなく、けれども凛とした態度で二人の顔を見つめる。

「お二人がここで諍いなどをされては、せっかくの宴が台無しです。それはきっと、源氏の神子の意にも添わぬように思うのですが……」

「そう……神子はいつでも、八葉同士の和に気を配ってくれていたし、周囲への配慮も細やかな方でした、兄上」

「いつか、鹿ノ口でお会いした時の印象のままのかたなのですね、敦盛。些細なきっかけで戦闘が始まるような緊迫した空気の中で、私を最初に信頼してくださったのが、源氏の神子でしたよ。そのお陰で、徒に血を流すことなく、兵達を失わずにすみました」

ところで……と、経正は言い置いてから、誰にともなく問うた。

「祝言の宴での神子殿の晴れ姿は、本当に美しかったのでしょうね」

「ええ、兄上。まるで天女のようでした」

と、答えたのは敦盛。瞼を伏せ、望美の晴れ姿を思い出しているであろう面はうっとりとしている。

「兄弟揃って源氏の神子に袖にされたってわけか。トンビに油揚げを攫われた間抜け面を並べて酒を呑むのも、悪くはないな」

人の悪い微笑みを浮かべる知盛を、経正の視線が制した。

「知盛殿……。今はむしろ、漁夫の利を得た方の幸福を言祝ぐべきですよ」

「言い方を変えても、有川兄弟が揃って間抜けだということに、変わりはあるまい」

薄ら笑いを浮かべながらこちらを眺める知盛に苦笑いを返し、将臣は譲に酒を勧めた。

「まぁ、なんだ、譲。ここは望美の晴れの門出を祝ってだな、こういう時は酒を浴びるほど呑んで、酔っぱらっちまうんだよ。それが惚れた女に対する礼儀ってもんだ、なぁ。知盛は知盛なりに望美が気に入ってたんだしな。ここにいる俺達全員が、同じ穴の狢ってわけだ」

「そのまとめ方は、大雑把すぎるよ、兄さん」

「人生、丼勘定でも何とかなるもんだ。心配するな」

ほら、飲め、いくらでも飲め、邸の酒がなくなるまで飲めと、将臣は譲が酒を飲み干すごとに注ぎ足し、注ぎ足しし、最初こそ抵抗していた譲も今では素直に、というよりも半ばやけくそと思える勢いで酒を呷っている。そして小半時も経たぬうちに、譲は完全に酔いつぶれてしまい、自身の片腕を枕に寝入ってしまった。知盛もまた酔いが回っているらしく、床に横になったまま動こうとしない。

 敦盛が二人にそっと夜具をかけてやると、将臣が静かな声で礼を言う。

「こいつは生真面目すぎてな。こうでもしなけりゃ、何もかも、自分で抱え込んで離そうとしないんだ」

「譲殿は本当に、神子殿を大切にしていたから」

「ガキの頃から、そうだった。そのくせ、何も言えねぇんだ」

「景時殿の邸の庭に、神子がお好きな花を植えていた。蕾が開く度、神子は嬉しそうに微笑んでいた。それから“はつみつプリン”という菓子も作っていた。相伴に預かったが、あれはとても美味しかった」

「ガキの時、譲が最初に作ったヤツは見た目が凄かったぜ。味も今ほど美味くはなくて。けど、三人で美味い美味いって食ったもんだ。特に望美は甘いものに目がなくて、譲は色々作っては俺達に食わせてくれて……」

喉元が焼け付くようで、巧く話すことができない。将臣は慌てて酒を呷る。

「悪りぃ。俺達ばかりで呑んでたな」

将臣は苦笑しながら経正と敦盛に酒を勧め、二人は嬉しそうに杯を差し出す。

「いえ、充分にいただいてますよ、将臣殿」

「けど、お前ら全然酔ってないだろ?」

「それはきっと、兄上も私も怨霊だからではないかと……」

「おいおい、マジかよ、それ」

「美味しくいただいてはいますが、酔わないんですよ」

酒宴の雰囲気や会話を好む自分達には、酔わないのが有り難いと経正は微笑んだ。

「どうぞ、将臣殿。介抱と後片づけは我々に任せて、存分にお飲みください」

「そうですとも、将臣殿。この世の理から外れた怨霊の身でも、このようにして誰かの役に立てるのは、私達兄弟にとっては何よりの幸いですから」

さぁ、ご返杯をと二人は将臣の杯になみなみと酒を注いだ。将臣は後は頼むと笑い、一息に杯を干した。


尽くしても報われないどころか、恋心に気づいてももらえない譲が好きです(笑)。
兄は自分よりも譲の方が、弟は自分よりも将臣の方が望美にふさわしいとか思って
無駄に牽制し合っているところへやってきて
あっさりと獲物をかっさらっていく相手は特に決めていません。
妻亡き後の淡快の後添えになったのでヒノエが皆にボコられるとか
鎌倉殿の正室の座を巡って政子様と女の戦いを繰り広げるとかも、
個人的には大ありというか、その方が面白いと思います(笑)。
そうなるとネオロマではなく昼メロですけな。

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