ゼフェル君の宇宙征服計画2

 それから数週間後、彼の執務室に顔を出さなくなったゼフェルが心配になったルヴァは、ゼフェルの執務室を訪れたが、部屋の主は留守だった。そこでゼフェルの館の地下にある工作室に向かった。

「あー、ゼフェル、いるんですかぁー」

ルヴァの問いかけに明るい声が返ってきた。

「お、いいタイミングだな、ルヴァ。もうちょっとで完成するゼ」

手元から目を離さずに答えるゼフェルの前には、前回見た戦車とは全く違うデザインの、体長3メートルはあるロボットが異形を示している。

 外観のみを見ると、それは幼稚園児が家の中にある空き箱を集めて作ったロボットとあまり変わらない。石鹸の小箱を利用した頭部、お菓子の箱の胴体部分、手と足は練り歯磨きの箱、おそらく肩だろうと推測される部分にはチョコレートが入った円筒形の箱のようなものがくっつけてある。ゼフェルは手先が器用ではあるが、センスはないに等しいものがあるのは知っていたが、どうして作るもの全てが、こうも角張っているのだろう、これも才能の一つなのかもしれないと、ルヴァは改めて感心した。ルヴァは作業に熱中している鋼の守護聖に尋ねた。

「あの……、これ、なんですか」

「あー、この間ルヴァに聞いたことを参考にして、それから俺様のアイデアを足して造った戦闘ロボ『MP5270』だ。どうだ、すごいだろう。さ、完成したゼ」

ロボットの下腹部のビスを絞め終わったゼフェルが振り返り、得意そうに答えた。

「はぁ、先日の戦車らしきものよりもずっと頑丈そうですねー」

「『MP5270』の装甲の厚さは最大30ミリだ。表面に硬質セラミックを厚さ10ミリ重ねてあんだ。指先は30ミリの機関銃、肩には220ミリのバルカン砲が搭載してあるから、破壊力は前のヤツより数段上がったんだゼ」

「はぁ。どうやって動くんですか、これ」

「どうって、足が2本あんだから歩くんだよ。決まってるだろ。そんなこともわかんねーのかよ。これだからジジイはヤだぜ」

MP5270を見つめているルヴァは、何かを考えているようだったが、申し訳なさそうに言った。

「ゼフェル、残念ですが、このロボットは歩けませんよ」

「なんでだよ」

「膝の関節がありませんから、人間のような2本足歩行は不可能です。2本足での歩行は骨盤と大腿骨、大腿骨と脛骨、そして脛骨と腓骨が靭帯と筋肉の伸縮により、連動した動きをしてはじめて可能となるわけです。膝や足首の関節のないこのロボットでは、生物のような歩行はできません。もし股関節や膝、足首にギアやベアリングを装着して曲がるようにしたとしても、人間とほぼ同じ形状では重心がかなり上になるため、移動中は不安定になるでしょうね。地面に凹凸がない場合は問題はさほどないかもしれませんが、ほとんどの戦場は爆薬で穴だらけでしょうし、塹壕が掘られている可能性も考えられます。もしも湿地や砂地で戦闘状態に入ったりしたら、足を取られて転んでしまいますよー」

そこまで一気にしゃべったルヴァは、ゼフェルの突き刺さるような視線を感じた。沈黙を守っている教え子から放たれる、尋常ではない殺気を感じたルヴァは慌てて部屋を出ていこうとしたが、ゼフェルに腕を捕まれてしまった。

「おっさんよー、こないだからずいぶんと好き勝手言ってくれるじゃねーか。何で『PM5270』が砂場でこけなきゃならねーんだよーっ」

低い声でゼフェルにすごまれたルヴァは、蚊の泣くような声で、しどろもどろになりながら答えはじめた。

「こ……このロボットには……50ミリの鋼板が使われているんでしょう? それに必要な弾薬を積んだら相当な重さになります。その質量を2本の足で支えるのですから、足の裏にかかる重さは……。そっ、それに重火器が上半身に集中しているから、上半身が当然重くなりますよねー。そうしたら1歩足を踏み出したとたん、前につんのめってしまうと思うんですよー。簡単に言うとですね、このロボットの歩行能力はよちよち歩きの赤ちゃんと同じ状態なんです。赤ちゃんは頭身が小さいので重心が上にあって、だからバランスが悪くてー、足の関節も丈夫ではありませんから、すぐに座り込んでしまうじゃないですか……」

嘘がつけないルヴァは、MP5270の初見で感じたことを全て吐露した。ゼフェルはこれ以上はないというほどの不機嫌さである。しばらく顔を見なかったからといって、様子を見に来た自分が愚かだったと、彼は心底後悔した。ゼフェルはまだルヴァの腕を握ったままだが、握られた直後ほど力は入っていない。ゼフェルの手をそっとはずし、ルヴァがそっと部屋を出ようとした瞬間、ゼフェルがぼそっと口を開いた。

「あんたなら、どうやる?」

言葉の意味がすぐに理解できないルヴァは、口を半開きにしたまま突っ立っている。

「あんたなら、コイツを最強にする知恵持ってんじゃねーのか。あれだけボロクソに言ったんだからな、責任はとってもらうゼ」

ゼフェルの目がキラリと光る。ルヴァは観念してゼフェル自慢の戦闘ロボMP5270の弱点や改良が必要な点を指摘し始めた。
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