ゼフェル君の宇宙征服計画3

 ルヴァがMP5270を初めて目にしてから数カ月後、ゼフェルが彼の執務室を訪れた。

「よー、ルヴァ。これから俺の作業室に来ねーか」

「もしかして、先日の戦闘ロボの改良が終わったんですか」

「おー。おめーから聞いた問題点は、全部解決したゼ」

ルヴァはゼフェルに誘われるままに、彼の作業室に足を踏み入れた。

「はぁ、確かにそのようですが……」

 戦車の上にロボットの上半身が搭載されているといった趣きのMP5270改を、ルヴァは詳細にチェックした。膝関節の問題は脚部にキャタピラを採用することにより解決されている。これにより重心が下がったため、バランスの悪さも解消されているようだ。平滑な面は敵弾によるダメージを受けやすいため、流線型にしたほうが良いと言ったアドバイスも聞き入れられ、表面は滑らかな曲面となり、ご丁寧にも全体に鏡面仕上げが施されている。頭部に制御システムが集中していたという致命的な弱点は、腹部に組み込むことにより、攻撃を受けにくくなってもいる。重火器類もさらに改良が加えられ、機能的になっているため、実戦に使えなくはない。自分のアドバイスが予想以上の成果を上げた様子を見て、ルヴァは素直に喜んだ。

「あー、ゼフェル。よく頑張りましたねー。これなら戦闘に参加できるかもしれませんよ。うんうん」

目を細めて嬉しそうにうなずくルヴァの姿を見て、ゼフェルは満足そうだ。

「だろー?苦労したんだゼ。はなっから作りなおしたようなもんだからな。」

「そうですかー。ところでゼフェル、これは何のために作ったんですかー」

ゼフェルの赤い瞳がキラリと光る。そしてルヴァの耳元に顔を寄せ、彼がかねてから抱いていた野望をささやいた。

「宇宙を征服するんだよ」

「はぁ?」

ルヴァは素っ頓狂な声をあげた。

「ルヴァにはいろいろと世話になってるからよ、特別に教えてやんだゼ。俺はな、MP5270改を使って宇宙をこの手に掴むんだ。そうしたら守護聖だの女王だのってめんどくせーこともなくなって、退屈な毎日におさらばできるだろ? おめーだってこんなとこに閉じこめられたままじゃなくなって、好きなだけ本を読んだり研究だのができるようになるんだ。この計画が成功したら、あんたを参謀長官にしてやるよ。そしたら俺も、心強いしな」

 無邪気な笑顔で語るゼフェルを見て、ルヴァは落胆した。それほど守護聖がいやなんですか、この子は。それにしてもこの程度の戦闘ロボ1台で宇宙を征服できると信じているなんて、私の教育が至らないせいでしょうね。本当に困ったものです……、などと考え込んでいるルヴァの背中をポンポンと叩き、ゼフェルは明るく言った。

「ルヴァ、たそがれなくってもいいって。参謀長官なんて大役は気が重いかもしんねーけど、俺が一緒なんだからよ。安心しろよ」

 ルヴァは相変わらず困り果てた表情で教え子を見つめている。そしておもむろに口を開いた。

「あー、あのですね、ゼフェル。あなたは根本的な部分で過ちをおかしています。普通、軍隊というものは集団で戦闘行動を展開しますから、あなたのロボット1台ではかないません。王立派遣軍の戦闘能力をレベル10に設定した場合、あなたのロボットは20のレベルがあるかもしれません。でもね、10のレベルの兵器を2以上集合されたら、たちまち双方の力は互角になってしまいますし、もしもそれ以上の兵器が集団で応戦したら、周囲を囲まれて集中砲火をあびるでしょう。そうなったらひとまりもありませんよー」

「だったら、MP5270改を量産すりゃ問題ねーじゃねーか。心配性すぎるんだよ、ルヴァは」

ルヴァは教え子のプライドを損なわないようにと、戦闘における力量の差という話題を選んだつもりだったが、効果はないようだ。やはり初歩的にして、致命的な問題を告げなくてはならないのだろうか。いや、そんなことをしたらこの少年はどんなにがっかりするだろう。何かもっと、当たり障りのない言い訳はないものかと逡巡したが、良い案は見つからない。

「量産って、ここでするつもりですか」

「おーよ、ったりめーだろ。こういうことは隠密に事を運ばねーとな。前におめーが言ってただろ? 奇襲は最も効果のある作戦だって」

 確かにそんな話をしたことはある。しかしルヴァとしては、そんな些末な事項よりも、もっと大局的な視野で物事を考えてもらいたいと、切に願わずにいられなかった。

「あなた一人で量産なんかできませんよ。何年かかると思ってるんですか」

「バーカ、俺たち守護聖は尋常じゃねーくらい長生きするんだから、問題ねーだろ」

「はぁ……。仮に量産体制に入ったとしてですね、すぐにこの部屋はいっぱいになるんじゃありませんか」

「そん時は、どっかに倉庫を内緒で作って入れときゃいいじゃねーか」

ゼフェルは歯に衣を着せたようなルヴァの言葉に、少々苛ついているようだ。しかたがない、本来ならゼフェル自身に気づいてもらいたかったのですが……、などと思いながら、ルヴァは重い口を開いた。

「どうやって、このロボットをこの部屋から出すつもりですか?」

「どうって、ドアから……」

ゼフェルはようやくMP5270改の致命的な問題に気がついた。

 ゼフェルの作業室は半地下に造られているため、外に出るには階段を昇らなくてはならない。キャタピラを使えば階段の昇降などは問題ではないのだが、その前にドアを通過しなければならなかった。最初に完成させた戦車らしきものの全幅は1メートル足らずだったので、問題はなかった。しかし装甲の厚みを増やしたり重火器類を搭載したりしたため、MP5270改は予想以上に巨大になってしまい、全幅は2.8メートル、高さ3メートル、奥行きにいたっては3メートルを超えている。ゼフェルの工作室のドアの横幅は1メートル、高さは2メートル少々。

「出せない……」

この部屋から出すためにはドアを破るしか方法はないのだが、壁は騒音防止のために3重構造の防音措置をとっており、厚さも30センチ近くある。それに壁を崩すと館全体の強度に問題が生じてしまう。前任の鋼の守護聖が使っていた館に新たに地下室を増築したため、地下室の壁が館全体の基礎となるよう設計されており、壊すことはできない。ドアのサイズも、強度を保てるぎりぎりのサイズにしたのだった。

 ゼフェルはがっくりと膝をついた。彼の打ちひしがれた様子を見かねて、ルヴァがやさしく肩に手を置いた。

「あー、そんなにがっかりしないでください。ね、ゼフェル」

心配そうに、けれど安心したようにゼフェルの顔をのぞき込むルヴァの微笑みを見て、彼は低く唸った。

「てめー……。知ってやがったな……。わかってたのに黙っていやがったんだろ!こーのーやーろー」

ゼフェルはルヴァの襟首を掴み、力任せに前後左右に揺さぶり続けた。

 ゼフェルの野望が達成されることはなく、地の守護聖のか細い悲鳴がごく限られた範囲に響いたことを除き、聖地は今日も平和である。


メカマニアのゼフェルの作るメカは何故か角張ってます。
戦車を作らせたら最新機能を搭載してても、
どっかで抜けてそうな気がするのは気のせいでしょうか。
この二人のどつき漫才が大好きです。


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