森安先生の語録(2)

ここでは僕の恩師、森安芳樹先生が常々おっしゃっていたことを
自分なりにまとめていくつか紹介してみたいと思います。


 
11)当たり前のことをきちんとやれるかどうかが一番大切だ!!

 「凡事徹底。当たり前のことを当たり前にやるのがプロ。」プロ野球の野村監督もこのように述べています。
 簡単なようでいて実はこれが一番難しいことなのではないでしょうか。ピアノの練習に限らず、生活一般でも
 当たり前のことをきちんとこなせている人は、僕はそれだけで尊敬に値すると思います。
 

12)練習の時、何が問題で、どうするためにどういう練習をしているか、
   はっきり意識する!!

 そう、自分がしていることをはっきり意識し、責任を持つことが大事なのです。例えば筋力トレーニングなどでも、
 どこの筋肉を使っているか、どのように鍛えようとしているか明確なイメージと意識を持って行うと、それがない
 場合に比べて効果の差が歴然として表れてくるものなのです。ピアノの練習の場合、むしろそういった意識が希薄
 で、「弾いたつもり、練習したつもり」というような音出しをしていると、逆にマイナスにしかなり得ません。
 つまり、わかっていない音を出すくらいならピアノを弾くな、ということです。
 

13)壁にぶつかった時、一気にそこを突き抜けるまでとことんやる人と、少し掘ったら
   続きはまた明日・・・という人との実力の差は歴然としている!!
   しかし、仕事の種類にも2通りあり、一気にやるべき仕事(上記の類い)と、毎日
   コツコツやって長期で変えていく仕事とがある。両者を区別できるのも才能!!

 難しくなってきました・・・。何が難しいのかと言うと、この2種類の仕事を取り違えてしまう危険があるという
 ことです。すなわち、「少し掘ったら続きはまた明日…」型の人が、往々にして前者の仕事を後者のそれと勘違い
 してしまうということなのです。筋力トレーニングに準ずる仕事、例えば「ブラームスの51の練習曲」を使った指
 の強化計画などは短期で成せる仕事ではありません。しかし、曲において音楽的欲求から来る問題点を克服しよう
 という練習の場合(例えばある箇所の跳躍と音色について)、これは突貫工事で解決すべき仕事なのです。
 

14)「やってることが手ぬるいっっ!!」「甘い甘いっっ!!!」
   「そんな練習は時間の無駄遣いだ!!そこが凡人の凡人たる所以、
       ・・・弾いたような気がするだけだ!この能無しっっ!!!」

 懐かしいレッスン風景・・・臨場感あふれるピアノのレッスン、森安語録はこうでなくては・・・(しみじみ)
 毎回とても厳しいレッスンで、教える方も教わる方も命懸けの真剣勝負でした。僕が弾きはじめてしばらくして
 先生は荷物を片付けはじめ、僕が弾いている後ろを通り、そのまま無言でレッスン室を出て行き、帰ってしまわ
 れたこともありました。先生は先生の全てを懸けてレッスンをしてくださるので、こちらがそれに見合う心構え
 や準備に欠けた時は、言葉も出ないほどに厳しく、怒られながらとても悲しくなったものです。
 

15)「うすぼんやりっ!!」「ボケナスッ!!」「ぶたっ!!」「下手くそっ!!」
   「不注意だっっ!!」「あんたのそういうところが嫌いなんだっっ!!!」

 次々と飛び出てくる毒舌は尽きることを知らないかのように雨のように僕らに浴びせかけられました。
 よく先生の見ている前で練習をさせられました。これはとても大切なことで、本当に感謝の気持ちで一杯です。
 練習の仕方を教わったということは一番大きな自信につながっています。先生はよくこう仰っていました。
 「私は音楽を教えることはできない。ピアノの弾き方を教えてやることしかできない。」故に音楽心のない者は
 はじめから弟子にとらない、と・・・。
 

16)練習中は一音たりとも外すべからず!!練習ってのは命懸けなんだっっ!!!

 14)15)と関連していることですが、つまりそれだけの集中力と持続力が必要ということです。そうでないと、
 外すための練習をしているようなもので時間の無駄遣いなのです。本番におけるミスタッチや多少の傷については、
 先生は意外と寛容でした。本番にたまたま出来てしまった傷なんか気にしたって始まらない、音楽がどうであった
 かの方に当然のように意識が向けられていましたが、練習となるとそうはいきません・・・
 練習中、不満足な箇所をほったらかして先へいってしまうようなことがあると、隣の部屋の人がお茶をひっくり
 返すくらいの大声で怒鳴ります。再びそれを繰り返したりしようものなら、先生は自分のピアノの蓋をバンッ!!
 と閉めて、「やめろっ!!と言っているのがわからんのか貴様っっ!!!出ていけっっっ!!!!」と・・・(;_;)
 あるいは「今日はこれが出来るまで帰さんっ!!もう一度弾けっ!!」「無事に帰れると思うなよ!!!」などと
 言われることもありました。もう戦場です・・・生徒は涙目で・・・無我夢中で弾きます。そうすると不思議な事
 に大変集中できて本領が発揮されるのです。・・・「やれば出来るじゃないか、ホントに世話のかかるやっちゃ」
 瞬時にいたずらっぽい笑顔に戻る先生の表情を見ると本当にそのまま泣いてしまうこともありました。
 

17)どんなに悪条件のもとでも、どんなにあがっても弾ける演奏の最低レヴェルのライン
   を引き上げておくことは重要!!調子がいい時に弾けるのはわかってる・・・調子の
   悪い時にどれだけ弾けるか!!

 もちろん緊張は必要だし、緊張した時にいかに脱力し、良いコンディションに持っていくかを追求するのは大切
 だが、最悪の場合の想定もしてみること!(因みに森安門下でもある木村徹先生は「いつでも最良の条件下で、
 最良のことしか考えないでさらうこと。そうすることで、とてもいい状態の素晴らしい演奏のイメージを持てて
 例え本番ちょっと思い通りにいかなくても、その素晴らしい演奏よりちょっとマズかった、という程度で済むし、
 わざわざ悪い状態を想定するなんて音楽的ではない。」と、ある意味好対照な意見を聞かせてくださいました)
 
 ここでは森安先生のお言葉の補足の方を続けます。最悪をなくす方法ですが、それには普段の練習の中で弱点を
 見つけ出せるような練習をしなければいけません。例えば、普段、勢いや気分で弾けているようなパッセージを
 ゆっくりやってみると、実はしっかりした裏付けがなかったことに気付かされたりします。それならば、勢いや
 気分があれば本番でも普段のようにちゃんと弾けるはず、むしろその方が音楽的になんの違和感もなくていい、
 という意見も木村徹先生から出そうですが、こういう箇所は本番の緊張の下、微妙に意識する部分が違ったりする
 と途端に崩壊しかねない危険性を持っているのです。そういった危険を取り除いた方が精神衛生上、普通はいい
 と思います。尤も、不安があるからうまくいく・・・と木村先生は仰るかも知れませんが(苦笑)
 

18)「また余計なこと考えてるっ!!」
   「雑念を振り払わなければ、いい演奏はできない!!」

 上手く弾こうとか気負うこと自体、雑念であり、全ての雑念は(恐らく)演奏の妨げである。雑念が必ずしも音楽
 への妨げになるかどうかは断定しかねますが、演奏に関しては恐らく妨げ以外のなにものでもないでしょう。
 雑念を捨て去り、音楽にのみ没頭し、集中しなければ本当の力は出ない!!というわけなのです。
 

19)「才能ないやつは風邪なんかひいてる暇ないっ!!」
   「誰が風邪ひいていいなんて言った!?」
   「健康管理は私の仕事じゃない!!責任感の問題だっっ!!!」

 うっかり風邪なんてひこうものなら大変でした。たまになら別になにも言われず、優しいのかも知れませんが、
 僕はわりとしょっちゅう風邪をひきました・・・というわけで(^^;
 

20)あんたは今、目指すところの3/100の位置くらいだ!90/100を越えると、もっと
   もっと大変なんだっ!!生半可な努力でどうにかなるものではないっっ!!!

 目指すところ、というのも上に行けば行くほど遠くなるものかも知れません。一曲ごとの完成度についても同じ
 ことが言えると思います。100分の90を越えてからが本当の挑戦になるわけです。
 生半可な努力じゃだめだ!!というのはよく言われた言葉です・・・