〜Celeste Story〜
○ビアンキのシンボルであるチェレステ(Celeste)にまつわる話
「永遠のチェレステ」
チェレステ(Celeste)、それはイタリア語で「青空」の意
そして、ビアンキのファクトリーカラー
何故、ビアンキのファクトリーカラーはチェレステになったのか?
今から一世紀近く前に遡ります。
時に、ビアンキ創設者エドアルド・ビアンキ55歳
小さな工房だったビアンキを大企業にのぼりつめさせ
絶頂期でありました。
そんなある日のこと、エドアルドはイタリア王室に拝謁を許されました
当時の女王マルガリータが自転車に乗ることを欲し
家来にイタリアで最も優れた自転車を捜させた結果
エドアルドに白羽の矢が立ったのです。
エドアルドは早速献納車を造り上げ
のみならず、自ら王室におもむき
自転車に不慣れな女王のために安全な乗り方と
適切なアドバイスを与えることをいとわなかったのです。
やがて、女王はエドアルドの造った自転車と親切な指導によって
自転車に乗れるようになったのです。
そして、女王はエドアルドに言葉を与えました。
「エドアルド、本当にありがとう
あなたの自転車は宝石のように素晴らしいわ。
でも色がよそと同じネーラー(黒)では駄目。
一目見て「ビアンキの自転車」と解るようにするべきです。」
エドアルドは、王室からの帰路、物思いにふけっていた。
そして工場に到着するやいな
塗装ラインをストップさせ、全ての自転車を
マルガリータ女王の瞳と同じ色、
チェレステに塗り上げたのでした。
蛇足ながら・・・・
ビアンキはロードバイク以外にも
実用車やMTB等色々な車種を生産しており
それら全てがチェレステと言うわけではないですけれど
レースシーンに置いてはその時からずっとチェレステであり
他のメーカーですとスポンサーカラーに合わせてフレームの色を塗っておりますが
ビアンキはスポンサーが誰であろうと、一貫としてチェレステ。
チェレステ以外のビアンキがレースを走ったのは
1987年のジロデイタリアのタイムトライアルに使用されたファニーバイクでした。
製作自体はビアンキではなくC4というメーカへの製作委託だったため
そのカラーは白に塗り上げられておりました。白いビアンキです。
これは例外みたいなものですね。
しかし、時は1999年
ジロデイタリアにてマルコ・パンターニ専用で
黒いビアンキが走りました。製作自体も先のC4の様な委託制作ではなく
純粋にビアンキ製だったので
私はかなりの衝撃を受けてしまいました。
来るべき2000年代へ向けての1世紀以上の歴史のある老舗なりの
何らかの意思表示なのかもしれませんね。
※〜参考文献サイスポ'98 7月号別冊Giro d'Italia〜
尚、実はチェレステの由来には他にも諸説があり
この話はそんな諸説のひとつだったりしますが
私はこの話を”自分なりの史実”として捉えております。
真相を追求するのもいいですけれども
この説の方がロマンチックで夢があっていいじゃないですか
そう思う私はひょっとしたら遥かな時空を超えて
マルガリータ女王の瞳に魅せられているのかもしれません。
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