白い峯の復讐


 ワイルド7のメンバーが足繁く通うスナック『ボン』のカウンター越し、キッチンで忙しくしているイコに飛葉が熱心な様子で話しかけている。イコは困惑の混ざった苦笑を浮かべながらコーヒーを煎れる手を止めずに飛葉の相手をしていた。

「飛葉の野郎、イコになんの用だってんだろうな」

「さて……ね。もう随分あんな調子だからなぁ」

「デートにでも誘ってんだろ」

「あの飛葉に、そんな器用なことできるのかよ」

「色気にはほど遠いツラしてんだぜ」

「いくらなんでも、そろそろ色気が出てもいい頃合いだろう」

「けどよ、バイクと銃とケンカくらいしか取り柄のねぇ飛葉だからなぁ……」

「ヤツの作るうどんは、イケルぜ」

「俺達にうどん食わせてもしょーがねーだろうが。彼女に飯でも作ってもらうなら、ともかくよ」

「お、話は終わったみたいだな」

両国の言葉を機に彼らは飛葉のことなど気にも留めていないという素振りをし、飛葉は浮かれた調子でテーブルについた。

「おい、飛葉。イコと何喋ってたんだよ」

オヤブンが訊いても飛葉は素知らぬ顔で鼻歌を歌っている。時折カウンターの向こうに視線を向ける飛葉の、不気味だと言えなくはない上機嫌な様子にオヤブンや両国たちは肩を竦めて見せ、世界やチャーシューは既に異なる話題に興じていた。

 「おまちどおさま」

イコが笑顔を添えて彼らのテーブルにコーヒーを置いたが、カップは6つしかない。飛葉がイコにウインクを投げると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。いよいよ混乱したメンバーは、合点がいかぬとでも言いたげな表情になったが、間もなく現れたイコの姿に全員の顔が見事なほどに呆けたものに変わった。

「はい、飛葉ちゃん。お望みの特製氷あずき」

「やったぁ! 一度でいいからかき氷を腹一杯食ってみたかったんだよな」

 飛葉はそう言うと、巨大な白い頂に銀色のスプーンを差し込む。

「ひゃ〜、うめぇ!」

 嬉しそうな声で小さく叫んだ飛葉は休む間もなく、本来であればいくつものフルーツを飾るはずの大きなガラス器の上の甘い削り氷と、氷の下に見える艶やか小豆の攻略に夢中になり、ひっきりなしにスプーンを動かし続けている。時折、氷の冷たさから生まれる頭痛に耐えかねるような表情を浮かべはするが、数秒後にはシャクシャクと氷をかき込む。

「飛葉……その馬鹿でかい氷あずきは、一体何のマネだ」

メンバーの最年長者であり、いつの間にか飛葉の保護者役を押しつけられている世界が、溜息と共に問う。

「見てわかんねーのかよ。氷あずきだ」

「そういうもんは、普通、もう少し小振りの器に入ってるもんだろう」

「ガキの頃からよ、いつか洗面器くらいの氷あずきを食ってみたかったんだよな。で、この間茹であずきの缶詰を一箱買い込んでよ、暑い間にここで氷あずきを食わしてもらおうと……」

飛葉がさも嬉しそうに語る言葉に、世界は心底呆れたようで煙草を吹かす。飛葉はそんな世界の様子を気にも留めず、氷の山に匙を進めている。

「おい、飛葉。俺達にも食わせろや」

甘党の飛葉に負けず劣らず甘いもの好きの八百と両国が、いつの間にかスプーンを手に飛葉の向かいに陣取っていた。

「いいぜ。なぁに、茹であずきはたんまりイコに預けてってから、足りなけりゃまた作ってもらえばいいんだからな」

「さすが飛葉。食うことに関しちゃ、随分と手回しがいいな」

八百の言葉に両国は賛同を表し、飛葉は手柄を立てた子どものように自慢げな笑顔で度量の広さを見せつけた。

◇◇◇

 二杯目の特注氷あずきを食べている飛葉と八百、両国の三人は頭痛と闘いながらもスプーンを動かす手を止めない。その姿を眺めている世界、オヤブン、ヘボピー、チャーシューの4人は隣のテーブルに移り、声を潜めて会話を続けている。

「にしても、飛葉の夢はセコイねぇ」

「まぁ、ケーキ丸ごと食いてぇなんてのは、ガキの時分に誰だって一度は考えなくもないだろうが……」

「小遣いが増えたからって、本当にやるヤツはいねぇよ」

「だいたい八百と両国も、普段は飛葉をガキ扱いしてるくせに、こんな時だけ……」

「こんなことでもないと、本当にゃならないからな」

「だからって、茹であずきを一箱も買い込むなんてよ、飛葉も馬鹿だねぇ」

「ヤツを何とかしろよ、世界」

「そうそう、あんた、飛葉の保護者だろう」

「なんで、俺に振るんだ」

例によって飛葉の始末を最終的に押しつけられそうになった世界が、憮然として答えた。

「子どもを躾るのは大人の役目って、昔っから決まってんだよ」

「そ。だいたい、飛葉はあんたのいうことなら耳を貸すじゃないか」

「オヤブンが飛葉に貸してやれるのは、腹巻きくれぇだもんな」

チャーシューのからかいにオヤブンは気を悪くするどころか、意を得たとばかりに世界に進言する。

「世界、飛葉の野郎に腹巻き、買ってやんな。八百と両国は多少加減してるようだが、飛葉ちゃんは加減も何もしちゃいねぇ。ありゃ、きっと腹ぁ、下すぜ」

「飛葉の腹の心配は、親分に任せた」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ。聞いてなかったのかよ? 飛葉に小言が言えんのは、世界、あんたくらいのもんなんだって。腹巻き、買ってやんな」

オヤブンとチャーシュー、そしてヘボピーまでが飛葉の世話を押しつけ始めると、世界は半ば自棄となった調子で

「誰が腹巻きなんぞ、買うものか。気になるなら、お前らが買ってこい。渡すくらいはしてやる」

と言い捨てた。するとオヤブンが止める暇もなく店を出ていった。

◇◇◇

 2杯の特製氷あずきを平らげた飛葉は上機嫌だった。しかし、彼の消化器官は本人の意志に反して盛大に叛意を翻しているようで、その証拠に飛葉は自宅のトイレに入ったきり出てこない。

「飛葉、オヤブンからの見舞いを置いとくぞ。今日は腹を出さずに寝ろ。いいな」

世界が声をかけると、小さなドアの向こうから力のない声が聞こえた。

「これに懲りたら、腹を冷やすようなものを馬鹿食いするな。わかったな」

そう言うと、世界は苦笑を堪えながら飛葉の下宿を後にした。


お腹一杯のアイスクリームとかって、子どもの野望やと思います。
念願叶ったものの、ピーピー腹抱えたらシャレになりません。
でも飛葉やったら絶対に1回はやってると思います。

私、欠食児童のような飛葉を餌付けするのが大好きです(笑)。


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