霖 雨


 「それはそれは、お困りでしょう」

民宿の主は穏やかな笑みを浮かべながらそう言うと、飛葉と世界を玄関に招き入れた。雨をしのげる物置の前にバイクを停めた二人の姿は、濡れ鼠を絵に描いたような有様で、手渡されたタオルで顔や髪を拭っている彼らの足下には水の染みが広がっている。

「終い湯でもかまわないのでしたら、お風呂にも入ってもらえますよ」

「そりゃ、助かる」

「それから皮の服はこちらに……ええ、ズボンもジャンバーも。ボイラー室にぶら下げておけば、明日の朝には大分乾いていると思いますよ。靴には古新聞を詰めておけばいいでしょう」

 任務を終えた飛葉と世界は東京に戻る途中で雨に降られた。梅雨という季節柄、雨に降られるのは仕方がない。またライダーであれば、この時期に濡れながら走ることがあっても珍しくはないとも思うし、バイクを足にしている以上は雨に降られれば濡れるものだと、とうの昔に諦めてもいる。それ故、数日の間降り止まぬ小糠雨の中、東京のど真ん中から2時間ほどかかるダムの建築現場までの道を往復することも厭わなかったわけだが、日が暮れ始めた頃から急に下がった気温だけはいただけない。

 始末しても始末してもきりがない悪党退治に追われているため、日頃の激務のお陰で人よりも遙かにタフな肉体と精神を持つワイルド7も、冷たい雨には一様に閉口してしまう。身体を外気にさらしながら走行するバイクは、天候によっては著しく体力を消耗する。特に気温の低い時期は体力の消耗が激しい。また季節に関係なく、気化熱として全身から体温を奪う雨はやっかいで、体力を大幅に消耗する上に悪化する視界のために精神的な疲労もひどくなる。とは言っても常に過酷な任務に就いているだけでなく、厳しい訓練をかいくぐってきた彼らにとって、天候の変化による体力の消耗などは大きな問題にはなり得ない。しかしこの夜ばかりは、幾分状況が違っていた。

 前日までは夏に入る前の季節特有の蒸し暑さだったのだが、日が暮れる頃になって急に気温が下がり始め、世界と飛葉が現場から撤収する頃には、雨に濡れていなくても肌寒さが感じられるほどになっていた。また夜が更けるにつれて小糠雨は霧を伴う激しい降りとなり、更に数日続いた雨のために道のあちこちで規模の小さな土砂崩れが発生していたため、彼らは大事をとって最寄りの町の旅館に宿をとることにしたのだった。

 「ヤマが片づいてて、助かったな」

湯船で冷えた身体を温めながら、飛葉が言った。

「これから一仕事って時だったら、土砂降りでも霧でも走らなきゃなんねぇけどよ。後は隊長への報告だけだし、何より終い湯でも風呂に入れるのがいいやね」

「雨の山道は昼間でもやっかいだからな」

「あとは飯だよな。残り物でも何でも食わしてもらえると、いいんだけどな」

風呂に入って人心地を得た飛葉は、東京を離れてからゆっくりと食事をとる時間もなかったのを思い出したのか、頭にタオルを乗せた格好で騒ぐ腹の虫を宥めるのに必死といった案配のようだ。世界は生存本能に忠実な飛葉を頼もしく思いながらも苦笑を禁じ得ない様子で相槌を返す。

「晩飯は無理でも、朝飯は何とかなるだろうよ」

「ああ、それでもいいや。気が抜けたら、いきなり腹が減りやがるんだからな……」

「お前はいつだって、空きっ腹だろう」

飛葉は世界の言葉を笑ってやり過ごした時、脱衣所からガラス越しに声がかけられる。

「お客さん、浴衣ここに置いておきますからね。それから、握り飯と漬け物くらいしかありませんが、召し上がりますか」

宿の主の心遣いを有り難く受け取った二人は心から礼を述べると、肌着や靴下を乾かしたいからとアイロンを所望した。主はそれらもボイラー室に干せばいいと言い、濡れた衣服の始末をしている間に握り飯を、二人の部屋に届けておくと告げて脱衣所から出ていった。

◇◇◇

 服の始末と腹ごしらえを終えた飛葉は布団に腹這いになり、部屋の隅に置いてあった週遅れの漫画本を眺め、世界は新聞に目を通しながら煙草を燻らせている。先刻よりも激しさを増した雨が闇に紛れて若葉を叩く音が、大きく感じられた。

「ガタイがいいってのも、善し悪しだな」

と、飛葉が言った。

「浴衣、つんつるてんだろ」

ニヤニヤと笑いながら、飛葉は世界の手足を視線で示す。

「そういうお前は、裾を引きずってるんじゃないのか」

世界が応酬すると、飛葉は勢いよく飛び起きて世界の臑を抱え込む。プロレスの関節技をかけられた世界は飛葉の子供じみた行動に半ば呆れながらも、適当に相手をしてはみるのだが、飛葉の浴衣の着崩れがどうにも気になるため、防御が疎かになってしまう。そして巧みに世界の隙を突いた飛葉は、遠慮なく決め技を繰り出すのだった。

 常であれば何ということはないのだが、この日は世界も飛葉も浴衣以外は何も身に着けていない。それだけに、飛葉に対して仲間以上の感情を抱いている世界はにとって、飛葉の無邪気な姿は目の毒でしかないのだが、ワイルド7のリーダーを立派に務めている飛葉がこんなふうに、時折見せる年齢相応の幼さが愛しくもある。できれば飛葉の気が済むまで相手をしてやろうかと思いもするのだが、どうにも世界の理性はそれまで保ちそうになかった。

「いいかげんにしろ。7つや8つの子供でもあるまいに」

世界のうんざりしたような口調に飛葉は唇を尖らせる。

「ケチケチすんなよ。減るもんじゃーねーんだからよー」

「うるさい。俺は疲れてるんだ。ガキの相手なんかしてられるか」

「ガキ扱いすんなって、言ってるだろ!」

「ガキをガキと言って、何が悪い」

世界が僅かに険しい視線を飛葉に投げると、飛葉は拗ねた様子を隠そうとするどころか、『フンッ』と荒い鼻息を一つ残して布団に潜り込んだ。それから世界も部屋の明かりを消して、冷んやりとした感触が心地よいシーツの上に身を横たえた。


久方ぶりのオヤジいじめ(笑)。
飛葉の身長を170cm弱に設定してまして、
で、世界は180cmを少しオーバーで……。
で、この二人が同じサイズの浴衣を着ると、
当然オモロイことになるわけです。
ノーパン+浴衣でプロレスごっこは心臓に悪いわな(笑)。
オヤジ、疲れてるのに眠れません。


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