離脱戦士


 ──あやふやな記憶を辿って得た答えは、情けなくも作戦途中に負傷し、現場をリタイアせざるを得なかったということだけだった──

 苦笑いを浮かべながら、世界は一つ深呼吸をしてから自身の身体の確認作業を始める。

 まず左右の指先を動かしてみた。それから手首を回す。両方の肘の動きを確かめた時、左腕が点滴のチューブにつながれているのを感じる。右手を上掛けから出し、左肩に触れてみると、鈍い痛みが走った。続いて両方の足を同じ手順で動かしてみたが、足に銃弾を受けた気配はない。額には包帯が巻かれていたが、明瞭な意識は頭部の負傷が大したものではないことを物語っている。しかし最後に触れた胸部と腹部には幾重にも白い布が巻き付けられていた。

 世界は点滴が吊された金属製のスタンドに目を遣った。逆さまになったガラス瓶にはリンゲル液と記された紙片が貼られていたが、それ以外の薬剤を混入するための指示標らしきものはない。

「混ぜものがあるとすれば、抗生物質か鎮痛剤くらいのものか……」

世界が呟いた時、看護婦が入ってきた。

 世界よりも明らかに年長の看護婦は、物事に動じる気配など微塵も感じさせない堂々たる様子で脈拍と体温のチェックを行い、医師を呼ぶと言い残して病室を出ていった。看護婦が浮かべた安堵の表情に、世界は自身がそれなりに深刻な状態に陥っていたことを察したが、そんなことは問題ではない。今、そして明日にでも前線に復帰できる状況にあるか否かが重要なのだ。あらゆる量的条件において劣勢を強いられるワイルド7にとって、一人の脱落は大きな痛手となる。それを承知しているだけに、病室で惰眠を貪っているわけにはいかない。ささやかだとしても確実に戦力を増やすため、世界は医師が診察に訪れる前に病院を後にすべく、点滴注射の針を腕から抜き取った。

 「おいおい、いい歳をして無茶すんじゃねぇよ」

世界が床に足をおろした時、笑みを含んだ声が聞こえた。

「飛葉……」

飛葉はニヤニヤと笑いながら世界に歩み寄ると、

「そういうのをよ、年寄りの冷や水ってんだぜ」

と笑う。

「こんな所で油を売っていられるか」

飛葉の制止を振り切り、尚もベッドから離れようとする世界が憮然とした顔で答えた。

「あんたが早々におん出ちまったら、今、弾ぁ抜いてるヘボとチャーシューがゆっくりできねぇんだな」

「撃たれたのか」

「なぁに、掠り傷程度だ。美人の看護婦さんに2〜3日も可愛がってもらえりゃ、すぐに元気になるだろうよ」

そういうと飛葉は世界の肩に手を置き、ゆっくりとベッドに腰を下ろさせた。任務の後では珍しくもないが、院内をうろつけば確実に苦情が出るほどに飛葉の全身は煤け、あちこちに擦り傷を負っている。しかし飛葉はそんなことは全く意に介してなどいない。

「あんたが撃たれてからってもの、連中は随分と頭に血が上ったようでさ。やることなすこと、もう無茶苦茶だ。両国の野郎はミサイルを容赦なく撃ちまくりやがるし、ヘボとチャーシューは見境なく敵に突っ込んでいっちまうしよ」

ケラケラと笑う飛葉の顔を見つめて世界が問う。

「奴らは……奴らはどうした」

「俺がここにいるんだぜ? きっちり退治したに決まってるってもんだ」

飛葉はウインクを投げて寄越すと、軽い足取りでドアへと向かう。そして

「元気そうで安心した。風呂に入って飯を食ったらまた来るよ」

そう言い残して飛葉は病室から去り、入れ替わりに看護婦を従えた医者が入ってきた。彼は無断で身体を起こした世界を見るなり大きな声で叱りつけ、当分起き上がれないように世界の身体をベッドに固定するよう指示を出す。看護婦は呆れた様子を隠そうともせず、自業自得だと笑いながら世界をベッドに落ち着かせ、彼の履き物を没収すると宣言した。そして世界は苦笑いを浮かべながら、頼もしいことこの上ない看護婦に降参したのだった。


オヤジ傷病ネタです。
世界が怪我をしている間、
飛葉は甲斐甲斐しくというか、
きっと半ば面白がりながら
世界の世話を焼くのではないかと思います。
ま、いっつも世話かけてんねんし、たまにはええやん(笑)。


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