おでん事情


 立冬を過ぎ、風が冷たさを増す頃になると、誰もが我知らず温かなものを求めるようになるのか、霜月の半ばにさしかかった深夜の町にはおでんや夜鳴きラーメンの屋台が目立つようになる。

 この夜、ワイルド7のメンバーは偶然見かけた屋台のおでんをつつきながら、ここ数日手掛けている任務の報告と打ち合わせを行っていた。しかし幾つかの重要な話が済んでしまえば、彼らは任務中の緊張感から解放された短いひとときを存分に楽しむのが常である。共に死と隣り合わせの任務に就く仲間たちと他愛ない言葉を交わしたり、食事を共にすることは、平穏なものとは決して言えない生活の中の、ささやかな平和だとも言っても過言ではない。

◇◇◇

 ワイルド7のメンバーは全員、世間の平均を上回る健啖ぶりだが、中でも成長期まっただ中の飛葉の食欲に敵うものは少ない──というよりも、巨漢を絵に描いたようなヘボピーに劣らないほどの見事な食べっぷりで周囲を驚かすことが多い。ヘボピーほどの大男であれば人並み以上の大食らいも珍しくはないが、飛葉の場合は同世代の平均よりも小柄な身体のどこに入るのかと考えずにはいられないほどだ。

 そして飛葉はいつものごとく、この夜も周囲の苦笑をよそに熱々のおでんで飢えと寒さをやり込めていた。未成年故に、またアルコールに耐性のない体質のため、飛葉は酒を飲まない。従って他のメンバーのようにコップ酒をなめるでもなく、ひたすらにおでんだねを咀嚼している。

◇◇◇

 「オッチャン、玉子くれ、玉子。2個ね」

飛葉の言葉に屋台の主は、いかにも出汁がよく染みた様子の玉子を皿の上に乗せる。飛葉が玉子から立ち上る白い湯気に相好を崩すとすぐに、横合いからオヤブンがちょっかいを出す。

「たかが玉子くらいで、嬉しそうなツラしてんじゃねーよ」

すると屋台の周りで飲んでいたメンバーも

「しょーがねぇだろ? 飛葉はまだまだ、ほんのガキなんだからよ」

「酒もまだ飲めねぇんだ。玉子くらい、好きに食わせてやれよ」

などと、口々に飛葉をからかい始める。

 飛葉は二言三言の憎まれ口を返しはしたが、目の前にある玉子を片づけることが先とばかりに話を切り上げる。その時、追加のおでんを取りに来た八百が素っ頓狂な声をあげた。

「何やってんだ、お前は」

八百は飛葉の皿をのぞき込んで目を丸くしている。

「何って、玉子を食ってんだ。見てわからねぇのかよ」

「いや、玉子を食ってんのはよしとしてだな、その妙な食い方は何だって言ってんだよ、俺は」

八百の声に両国やチャーシュー、世界が屋台のそばまでやってきた。

「白身と黄身を分けて、どうするんだ」

世界の問いに飛葉は

「気味を潰しておでんの汁を染み込ませんだよ。で、それを白身の中にも一度戻して食うと美味いんだ」

と答えた飛葉は、言葉通りに黄身を白身に詰め直した玉子を頬張る。

「こうやって食うためにはよ、最初に厚揚げだとかはんぺんだとかの汁のよ〜く染みてるのをたらふく食っとくんだ。でなけりゃ、玉子の味が物足りなくなっちまうんだよな」

 『御満悦』という言葉そのもののような顔の飛葉に反して、他のメンバーは心底呆れたというような表情を浮かべた。

「そういうのは、行儀が悪いってんんだよ」

飛葉の隣に腰掛けていたオヤブンがそう言って、飛葉の頭を軽く小突く。続いて世界や八百、ヘボピーや両国までもが飛葉の食べ方は妙なものだと囃し立て、飛葉はみるみるうちに臍を曲げ始める。しかしたった一人だけ、飛葉に助け船を出す者がいた。

「飛葉よ、おめぇの気持ちはよ〜っくわかるぜぇ」

チャーシューは笑みを浮かべながらオヤブンを押しのけ、飛葉の隣に腰を下ろす。

「俺はよ、じゃがいもを潰して食うのが好きなんだよなぁ」

そう言うチャーシューの皿にはマッシュ状のじゃがいもが残っている。

「そうだよな。こういうのはやっぱ、潰して食うほうが美味いよな」

「おおよ。汁だっておでんの味のうちだ。仕方ねぇとは言え、それを残しちまうのは勿体ねぇ。罰が当たるってもんだぜ」

 それから飛葉とチャーシューの二人はおでんに対するこだわりを語り合い、それぞれに推奨する食べ方を試しつつ箸を進めている。気がつくと屋台の親父までが話しに加わっていて、屋台は食に強いこだわりを持ち、自ら料理を嗜む3人の独壇場と化していた。

◇◇◇

 飛葉とチャーシューに『台所の無能者』と評され続けている5人のメンバーは屋台から追い出されてしまい、更に二人の客との話に夢中になっている屋台の主に相手にされず、それぞれ一升瓶からの手酌で冷や酒をなめていた。

「俺っちだって立派な客だってのによぉ」

と、オヤブンが唇をとがらせる。

「ほうっておけ。食い物の恨みは怖いぞ」

世界がつまらなそうに答えると、

「コックのチャーシューはわかるとして、飛葉の食い物に対する執着は異常だぜ」

と、八百が肩を竦めた。

「ガキの頃に悪さが過ぎて、飯のお預けを食ってたんじゃねーの」

「ああ、だから飛葉はいつまで経ってもチビのままなんだな」

 両国とヘボピーの言葉に、残る3人が一斉に陽気な笑い声が上げる。それから彼らは成長期の筈の飛葉が伸び悩んでいるのは本人の悪行の祟りに違いないだとか、最年長者の世界よりも若い筈のチャーシューの髪が寂しい風情になったのも、飛葉が年齢よりも遙かに幼く見える容姿のままなのも食い意地が張っているのが原因だと決めつける。そして当人たちが聞いていないことを幸いに、彼らは飛葉とチャーシューを酒の肴に酒宴を続けるのであった。


おでんの食べ方には、性格とか好みとかが
ムチャクチャよく出ると思います(笑)。
さぁ、そろそろおでんの美味しい季節ですな。


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