夏の思い出


 ワイルド7のメンバーである飛葉、オヤブン、八百の3人は、彼らが共同で借り受けているガレージにいた。8月も下旬にさしかかり、吹く風に多少の涼しさが感じられなくはないが、日中はうだるような真夏日が続いている。こんな日は彼らが贔屓にしているスナック・ボンにでも行き、冷たいアイスコーヒーでも飲みたいところなのだが、彼ら3人は先だっての任務中に調子を崩したそれぞれのバイクの調整と洗車をしなければならない。それ故、汗まみれになりながら狭苦しいガレージ内で、互いにむさ苦しく感じている顔をつき合わせているのだ。

 厳しい残暑に文句を言いながらバイクを調整していた飛葉に、オヤブンが声をかけた。

「おい、飛葉。どうした」

「何が」

「いや、さっきからお前、首の下だとかボリボリ掻いてるじゃねぇか」

「ああ、なんか最近、身体のあちこちが痒いんだ。首の下とか、肘とか膝の内側。そのあたりが妙に痒くて……」

「虫じゃねぇのか?」

と、八百。

「いや、そうじゃねぇよ。最近、ずっとこうなんだ」

「じゃ、どっかの質の悪い女に、コワ〜イ病気でももらったとか?」

飛葉の答を混ぜ返すような調子のオヤブンの言葉に、

「馬鹿言え。このガキに、そんな色っぽい虫がつくもんかよ」

と、八百が横槍を入れた。すると飛葉はムキになって二人に食って掛かる。

「やかましい! そっちの病気に気をつけなきゃならねぇのは八百、お前のほうじゃねぇか!! てめぇみたいな女たらしと一緒にしてもらいたかねぇよ」

「ああ、いやだねぇ。もてないガキはひがみっぽくてよ」

「分別と節操のねぇ年寄りより、ガキのほうがよっぽどマシだ」

「オムツも取れてねぇ赤ん坊が、利いた風なこと言ってんじゃねーよ」

八百がそう言いながら飛葉の額を指で弾く。八百の言葉が相当癪に障ったのか、飛葉は八百の手を乱暴に振り払う。

「触んじゃねーよ。やっかいな病気が移ったら、どうしてくれる」

「誰が病気持ちだって?」

「てめぇだよ、八百」

「おいおい、このクソ暑い時にケンカなんかすんじゃねぇよ」

次第に語気を荒げる飛葉と八百をオヤブンが制した。彼は飛葉の頤に指をかけて上を向かせると、掻いたために赤くなった皮膚を眺める。飛葉はいつになく真剣なオヤブンの様子に抵抗も抗議もしなかった。

「汗をかいた時とか、暑い時に痒くなるんだろ」

「ああ、よくわかるな」

「膝とか、肘の裏も似たような感じなんだな」

「肘の辺りはもう少し、荒れてるような気がする」

「見せてみろ」

オヤブンの言葉に促され、飛葉は右の腕を差し出した。オヤブンは指先で赤くなった肌に触れる。八百は飛葉とオヤブンのやりとりを興味深げに眺めていた。

 「よし。俺が特効薬を買ってきてやる。飛葉、待ってろよ」

そう言うとオヤブンは、駆け足で開け放したドアの向こうに消えた。そんな彼を呆気にとられて見送った飛葉は八百に

「おい、八百。ありゃ、何だ」

と問う。すると八百は

「俺に聞くな」

と、肩を竦めて答える。オヤブンの行動が理解できない二人は再び、何事もなかったようにバイクの手入れを始めた。

◇◇◇

 「ほいよ、飛葉」

30分ほどして戻ったオヤブンが、飛葉に薬局の店名が印刷された紙袋を手渡した。ガサガサと乾いた音を立てながら袋を開け、中をのぞき込んだ飛葉が素っ頓狂な声を上げる。

「おい、オヤブン。てめぇ、俺をからかってんのかよ」

「いいやぁ。俺は真面目だぜ」

真顔で答えるオヤブンの眼前に、腹立たしげに突き出された白い缶を見た途端に八百が吹き出し、大声で笑い始めた。

「お前のそれな、汗疹だよ」

「汗疹? 嘘つけ。ありゃぁ、赤ん坊がなるもんだって相場は決まってるじゃねーか」

「いんや。汗っかきのヤツは大人になってからもなるんだな。あと、風呂で毎日汗を流さなかったりしたら、テキメンにやられるんだよ」

「風呂?」

「おお。汗かいて、そのままにしてると汗疹ができちまうんだよ。お前んち、風呂ねぇだろ?」

「風呂屋には行ってらぁ」

「遅くなった時は、どうしてんだ? ガンとバイクとうどん以外のことにはとんと不精なおめぇのことだからよ、風呂屋に行けなかった時は身体拭いたりしてねぇだろ? ん? 違うか?」

図星を指され、悔しげに沈黙している飛葉には目もくれず、八百がオヤブンに問う。

「オヤブン。お前、随分と詳しいじゃねぇか。どっかにガキでも作ってんじゃねぇの?」

「バッカ言うなよ、八百。俺はガキの自分、夏になるとひどい汗疹にかかってたんだよな。で、お袋があちこちで汗疹の治し方を聞いてきてくれたもんだから、いつの間にか覚えちまっただけだよ」

オヤブンは飛葉の手から白い缶を取って蓋を開けると、甘い爽やかな香気がこぼれた。慎重に中蓋を外し、パフについた白い粉を飛葉の首筋にまぶしつける。

「懐かしい臭いだな」

八百の言葉にオヤブンが頷き、

「ああ。夏といやぁ、天花粉の臭いだ」

と答えた。

 後は自分でやれとばかりに、オヤブンは飛葉に天花粉の缶を手渡し、床に座り込んでバイクの手入れを再会した。

「オヤブン……世話かけたな」

と、飛葉がオヤブンに感謝の言葉をかけたが、彼は振り向くことなく、スパナを握った右手を軽く振るのみだった。

◇◇◇

 全部の汗疹に天花粉を塗り付けた飛葉とオヤブンと八百は、雑談を交わしながら相変わらずバイクの手入れを続けている。そこに賑やかな話し声と共に、世界と両国が現れた。

「よ、やってるな」

「飛葉ちゃんが無茶すんのは珍しかないけど、八百とオヤブンまで一緒とはご苦労なことだねぇ」

両国が笑いながら3人に近づき、驚きの声を上げる。

「ありゃ、なんだよ。なんで、こんなとこで天花粉の臭いがするワケ?」

両国の声に釣られるように、世界も床に座り込んでる3人の側に立つ。

「誰かに赤ん坊でも押しつけられたのか?」

「いいや、飛葉のオシメがまだ取れてないだけだ」

笑いながら八百が世界に言う。

「汗疹になってんだよ、飛葉は。で、俺様が特効薬の天花粉を買ってきてやったんだ」

八百とオヤブンの言葉に、世界と両国は大きな笑い声を立てた。

「いやぁ、丁度いいや。ホレ、飛葉ちゃん。差し入れのアイスクリーム。お子様の大好物だろ?」

 両国が差し出した差し入れをひったくるように受け取った飛葉は、忌々しげ4人の仲間の顔を見比べる。だが天花粉で首を白くしている今は、何を言ってもからかいのネタにしかならないと考えた飛葉は、できるだけ不味そうな顔でアイスクリームを嘗めることに決めた。そして白い缶に印刷された赤ん坊の写真に目を向けると、諦めを多分に含んだ溜息をついたのだった。


天花粉は別名、ベビーパウダーとも言います。
でも司書は天花粉という文字と音の響きが好きなので、
いまだに天花粉と呼んでいます。
突発的に浮かんだネタ。
汗疹は夏の思い出とセットよね?


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