休息の時


 ワイルド7の攻撃により廃墟と化したMCビルの前に、怒りに燃える瞳をギラギラと光らせた飛葉があぐらを掻いて座っている。そのすぐ後ろには対戦車砲を担いだヘボピーが、まるで飛葉を守るかのように仁王立ちといった風情で立っていた。草波の駆るセブントレーラーが着いた時、彼は命令をことごとく無視したメンバー全員を一瞥した後、今回の騒ぎの発端となった、リーダーの飛葉に冷たい視線を投げつけた。飛葉は臆することなく草波の視線を受け止め、二人の間には不用意に触れた者の全てを焼き殺しかねない、激しい炎が燃え上がった。草波は反抗的な飛葉の態度に焦燥感にも似た憎悪を覚えたが、眉一つ動かすことなく飛葉と6人のメンバーを黙殺すると、表情を変えぬままセブントレーラーに乗り込み、その場から去った。それを合図にメンバーは散開したが、飛葉は尚、その場から動こうとしなかった。

◇◇◇

 「いつまで、そうしている気だ」

世界は愛車に跨り、ハンドルに両肘をかけた姿勢で、地面に座り込んだまま、草波の消えた方向を凝視し続けている飛葉に声をかけた。

「帰ったんじゃ、なかったのか」

飛葉は微動だにせず答えた。

「ケガ人を置いて行くほど、薄情じゃねぇ」

飛葉は面倒だといわんばかりの緩慢な動作で立ち上がり、衣服についた埃を軽く払い落とすと、未だ微かに白煙を上らせているMCビルへ歩き始めた。

「どこへ行く」

「……バイク、取って来る」

「さっき見てきたがな。お前さんのバイク、前輪のスポークがバラバラになって使いものになりゃしねぇぞ。明日、バイク屋に取り来させろ」

「両国の野郎、派手にぶち込みやがって……」

「誰のためだったと思ってるんだ?」

背中を向けたまま無言で立ち続けている飛葉にかまわず、世界は言葉を継いだ。

「隊長から指令が出てもいないのに連中はここに駆けつけたんだ。お前がまだ中にいる時、他の事件のカタをつけろって指令が出ても、お前を助けるために戻った。命令違反を覚悟でな。連中の……」

「わかってらぁ!!」

世界の言葉を遮るように声を荒げた飛葉は、消え入りそうな声で続けた。

「わかってるさ。俺が大岩のクソッタレを、アイツを指令通りに消しときゃ、こんな大事になりやしなかった。そう言いてぇんだろ」

固く拳を握り締め、微かに肩を振るわせている飛葉を、世界は無言で見つめた。

 月が中天にさしかかり、冷たい風が吹き始めた。

「帰るぞ。後ろに乗れ」

「歩いて帰る」

「ケガの手当はどうする」

「明日、イコにでも頼むさ」

「馬鹿野郎。そんなツラ出したら、心配をかけるだけだ。乗れ。女子供に余計な気を遣わせるな」

頑なにその場を動こうとしない飛葉に業を煮やした世界は、バイクから降りて飛葉の肩に手をかけようとしたが、その手が触れる前に、世界の手は飛葉の叫びに払われた。

「さわるな!!」

世界はあきれ果て、溜息まじりに飛葉に話しかける。

「でかい図体でだだをこねるなよ」

その言葉が余程気に障ったのか、飛葉は勢いよく振り向くと世界のジャンバーの襟元に掴みかかったが、同時にみぞおちの辺りに鈍い衝撃を受け、そのまま世界の身体にもたれ掛かるように崩れ落ちた。

「な……何を……」

相手が世界であったため、防御態勢を全く取っていなかった飛葉のボディに世界の拳は見事に決まり、飛葉は呼吸をすることさえ困難なほどのダメージを受け、その場にうずくまっている。その様子を楽しげに見下ろした世界は、砂埃に汚れた飛葉の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

「言ってもわかんねぇガキには、これが一番だ」

笑いをかみ殺していることが歴然としている世界に、飛葉は何とか反撃を試みようとしてみるのだが、それはかなわなかった。人の身体の自由を奪う要領を得ている人間の拳を油断した状態で受けてしまってはそれもできず、呼吸を整えるのが精一杯といったところのようだ。

「立てないのか? それともバイクまで抱っこして連れてってもらいたいのかね、このお姫様は」

遠慮なく、所々に笑いを含んだ言葉を口にする世界から手を差し伸べられた飛葉は、すぐさまその手を振り払い、悔しそうな目で世界を睨んだまま、のろのろと立ち上がった。その様子を見た世界は先にバイクに跨ると、すぐさまエンジンをかけ、おぼつかない足どりでこちらに向かう飛葉の姿を楽しそうに見守りながら、煙草に火を点けた。

◇◇◇

 「他にやられた所はないのか」

「ああ。世話、かけたな」

最低限の家具――それは必要に迫られて揃えられたことが一目でわかるような、部屋の主の思い入れの感じられないものばかりだった――しか置かれていない部屋で、飛葉は世界の手当を受けていた。世界は間に合わせに使っている菓子缶に傷薬を収めると、使い込まれたトランクから適当に引っぱり出した服を飛葉に放り投げた。

「着ろ」

そう言うと世界は、水を満たした銀色の小さな電気ポットの電源を入れた。飛葉はおとなしく世界の言葉に従い、少々大きめのシャツに手を通す。

「相変わらず殺風景な部屋だな」

「余計な荷物は持たない主義だ」

「旅暮らしが長いと、こんな風になるのか?」

「そうだな。荷物は少ないほうが面倒がない」

世界は、やはり間に合わせとしか思えない湯飲み茶碗に直接、茶葉を放り込み熱湯を注いだ。それを見た飛葉は呆れ、こみ上げるものが止められないといった風情で笑い始めた。

「急須くらい買えよ。俺より貧乏臭せーよ、あんた」

「うるさいな」

笑いで肩を上下させ、熱い緑茶が満たされた湯飲みを両手で持ち、息を吹きかけている飛葉を見た世界はサングラスを外し、立ち上がった。台所から戻ってきた世界の手には安物の果物ナイフと四角い包みが携えられていた。

「好きなだけ、食え」

目の前に出された包みに印刷された店名を見た途端、飛葉の表情が子供のそれに変わる。ガサガサと音を立てながら、嬉しそうに包みを開いた飛葉は驚嘆の声を上げた。

「さっすが、虎屋の羊羹は艶が違うねぇ。世界、あんた、どんだけ食う?」

「俺はいらん」

「食いもしねぇもんを買うなんざ、あんたも物好きだな」

飛葉の言葉に答える代わりに煙草をくわえた世界の目の前に、火のついたジッポが差し出される。世界は煙草の先をその火に近づけると大きく息を吸い、ゆったりとした動作で紫煙をはいた。果物ナイフを刺した羊羹を頬張りながら、飛葉が世界に問う。

「煙草、うまい?」

「羊羹よりはな」

「あんた、やっぱり酔狂だ」

そう言うと飛葉は、2切れ目の羊羹にナイフを刺した。


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