ある男の生涯―4―


 黒い皮の上下を着込み、黒いサングラスをかけた大男が見るからに不良といった出で立ちの飛葉の腕を引いて廊下を行く姿は世間知らずの学生達には異様なものに映るようで、誰もがつい今し方まで友人と歓談していたことも忘れたように無言で立ち竦んでいる。

「まったく、好き放題してくれるぜ」

学生達を眺めながら八百が言った。

「草波の完全な人選ミスだ。文句なら、ヤツに言え」

「あんたのナリも問題だ。でかくて黒いのに睨まれるなんてことには、ここのお上品な連中は慣れちゃいねぇんだよ」

ようやくダメージから脱した飛葉が、世界の腕を振り払う。

「まるで、どっかのヤクザかゴロマキだな」

 飛葉の悪態に八百が同意した時、二人の学生が歩み寄ってきた。

「八田先生。教頭先生のお話は、もう終わったんですか」

「おう、佐藤に川田か。保護者代理殿のお陰でな、今、終わった」

「飛葉君、クラスメイトの川田君にあまり心配をかけないようにしてもらえるかな。君がいつまでも学校生活に馴染んでくれないようじゃ、僕も安心して卒業できないからね」

 二年の学年章をつけた川田公平は教頭の賛辞の言葉に違わぬ優等生ぶりを見せている。その隣に立つ三年生の男子生徒は世界に一礼すると、

「蛍雪学園生徒会長の佐藤隆です。飛葉君の噂は副会長の川田君から色々と聞いているせいか、弟のように思える時があります」

と、学生らしく爽やかな挨拶をした。

 できれば服装だけでも規定を守ってもらえると、生徒会役員としても助かるのだと佐藤は世界と飛葉の目を交互に見て言う。

「たかが転校生のことに、随分と手間暇かけるんだな、ここの連中は」

「蛍雪学園の自治は学生の自主性に委ねられていますから。クラスの問題は先ずクラス全員で取り組み、それでも解決できない場合は――飛葉君の場合は風紀委員会全員で諮り、それでも解決できない時には我々生徒会役員が飛葉君の説得役を務めます。ですから僕にとって飛葉君の更正は、高校生活最後の大仕事となったわけです」

尤も、生徒会役員が全力を尽くしても力が及ばなかったのだがと、佐藤は自分達の不甲斐なさを正直に吐露した。

「さっき教頭にも言ったんだが、こいつが目に余るようなら死なない程度に殴るなり蹴るなりしろ。保護者代理の俺が言うんだ。遠慮することはない」

世界の言葉に飛葉は激高したが、佐藤と川田は暴力に訴えることは身上として許せないのだと言い、友人としてこれまで以上に飛葉とうち解けられるよう努力したいと言って、その場から立ち去った。

 教頭でさえまともに世界と視線を合わすことがなかったというのに、臆することなく堂々と自分達に接した佐藤の態度に、世界は大物になるであろう資質を見た。そして佐藤の陰に隠れてはいるが、歳に似合わぬ落ち着きを見せている川田もまた、将来は何らかの実績を残すだろうことを感じた世界は、

「歳だけ食ったさっきの腰抜け共より、見所があるな」

と、正直な感想を口にする。そして八百と飛葉は

「生徒がしっかりしてるから教師が腑抜けになるのか、教師が腑抜けだからガキ共がしっかりするのか、微妙なトコだな」

「どっちにしろ、俺は気に入らねーな。あの歳であんだけ老け込んでるなんざぁ、冗談じゃねーや」

と、それぞれの立場で蛍雪学園生徒会の双璧と称される二人についての、個人的な見解を述べた。


HOME ワイルド7 創作 短編創作 NEXT