ある男の生涯―2―


 理事長の突然死から一週間の時を経た蛍雪学園は未だ喪中ではあったが、少しずつ平常を取り戻しつつある。三学期も大詰めを迎える時期ではあったが外部進学を選択した学生以外はのんびりとしたもので、生徒会や各委員会、部活動の引継ぎをせねばならない者は自由登校期間であるにもかかわらず毎日のように登校し、後輩達に残す様々なものの準備に追われ、そうでない学生達は何ものにも縛られない自由を謳歌していた。そして放課後、卒業生を見送る後輩達は、卒業式の前日に催される『卒業生を送る会』の準備に忙殺される日々を送っている。既に一年を締め括る試験が終了していることもあってか、彼らの表情は一様に明るく、校内のそこここに屈託のない笑い声や『卒業生を送る会』の寸劇や合唱の稽古と思わしき心地よい喧噪と、降り注ぐ春の陽射しが溢れていた。

 しかし、その長閑な風景は空気を切り裂くようなエンジン音と共に大型バイクが現れた途端、恐れや驚愕などが混在する重苦しい空気に侵され、瞬時に様相を変じる。

 早春の陽光を弾いて輝く車体はハーレー・ダビッドソン。学生にはおいそれとは手が出せないアメリカ製のバイクにある者は目を奪われ、ある者は威風堂々としたバイクの姿以上に存在感のある男性ライダーの姿に見入った。そしてその場に居合わせた大部分の学生達は恐怖や違和感や好奇心を剥き出しにした視線を送る。

 予め目星をつけていたのだろう、男は正面玄関の真正面にバイクを停めて地面に降り立った。日本人離れした長身に黒いレザーパンツとジャンパー越しにも窺える鍛え抜かれた体躯は、学生服やセーラー服に身を包む学生達の中で異彩を放っている。濃い色のサングラスで完全に隠された目元からは視線の先が窺えない。口元に蓄えた髭と後ろに撫でつけられた髪は男の雰囲気に合ってはいるが、平々凡々に暮らしている人間であれば必要に迫られたとしても何らかの手段で近づかないで済ませたいような、ある種排他的で厳しい雰囲気を増長してもいた。それ故、男が学生に声をかけても学生達は我関せずとばかりに視線を泳がせたり、男の言葉が聞こえなかった振りを決め込んでしまう。

 「まったく、近頃のガキ共は……」

男は忌々しそうに呟き、懐から取り出した煙草に火を点ける。

「申し訳ないが、職員室と応接室、校長室以外は禁煙だ。客人とは言え、蛍雪学園の敷地に入った以上は、こちらのやり方に従ってもらいたい」

 背中にかけられた言葉に男が振り向くと、そこには白線を施したスポーツウェアに身を包んだ男が一人、ニヤニヤと笑っていた。

「それから来客用の駐車場は向こうなんだが……ま、いいか。バイクは車ほど場所をとらない。ところで――あんたが飛葉大陸の保護者かい?」

「保護者代理だ。仕事中に急に保護者からここに顔を出すように言われたんだが、案内を頼みたい」

「おやすいご用だ……というより、俺はあんたの出迎え役を言いつけられてんだよ」

 校長と教頭、生活指導主任が待ちかねていると言いながら、スポーツウェアの男は正面玄関を中へと進み、黒いレザーに身を包んだ男は先導する男の隣を歩く。

「あのバカ、何をやらかした」

「例によって規則違反のオンパレード。それにしても世界よ、いくら何でもそのナリはまずいんじゃねーのか? どっから見ても、やべぇ人間にしか見えねー」

「ついさっき、草波から飛葉の保護者代理の命令を受けたんだ。着替える暇なぞあるものか。情報屋からネタを仕入れてる最中に呼び出されたこっちは、いい迷惑だ。呼び出しを食らう前に何とかできなかったのか? 八百」

「お上品な連中が何を言おうが馬の耳にションベンよ。二〜三発くれぇ殴ったところで、素直になるタマでもねぇヤツを、説教だけで何とかしようって考えるのが間違いだ」

八百が肩を竦めてみせると、世界は忌々しそうに嘆息する。

「まぁ、な」

「そういうこった。ま、観念するんだな」

 表情はよくわからなかったが、明らかに不機嫌に黙り込む世界を横目で眺めた八百は唇の片端だけを歪めて笑い、平和な学内には不似合いなことこの上ない来訪者を遠巻きにして見守る学生達の中を進んでいった。


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