獲 物


 以前は、よく私の言うことを聞いたものだったが、最近の飛葉を制御することが段々難しくなってきた。悪をもって悪を制する組織であるワイルド7のリーダーは、飛葉以外にないことは承知している。しかし 、私に対する反抗的な態度が過ぎるようであれば、彼を再び少年院に送り返すことも考えなくてはならないだろう。飛葉の中に存在する野生は出会った時にはまだ微睡みの中にあった。そして、それを完全に覚醒させたのは他ならぬ私自身なのだ。万が一、飛葉がその闘争本能のままに暴走するようなことがあれば、私はワイルド7の隊長にふさわしい方法で彼を抹殺する。それは超法規的警察組織を誕生させた私自身に課せられた責なのだ。


 大学を卒業した私は大恩ある成沢氏の、そして私自身の希望通りに警察庁本庁勤務となり、日々社会を害する人間や組織と戦ってきた。しかし民主警察の頭脳と力を常に上回る者たちに対し、何ら効果的な手段を持ち得ない警察組織には限界があり、明らかに犯罪を犯している人間が善良な市民として生活するのを眺めるしかないことも少なくない。直接手を下していないとは言え、多くの人々を苦しめ、時には死に至らしめる者たちを許すことはできない。私は警察組織の現実を知るほどに、法律にとらわれることのない組織の必要性を感じるようになり、秘密裏にその計画を立て始めた。

 警察や機動隊、自衛隊から選び出した精鋭たちを候補に考えてみたこともあったが、彼らの全員が上司や同僚、家族などの社会的な絆を持っている以上、この計画に参加させることはできなった。何らかのしがらみを持っていること自体がウィークポイントとなり、そこに悪党どもにつけ込まれるようなことになれば、従来の警察組織と何ら変わりはない、様々なしがらみに縛られた人間の集団でしかないのだ。必要なのは何ものにも縛られることなく、孤独の中でも2本の足でしっかりと大地に立つことのできる人間だった。

 少年法の適用を受ける年齢でなければ、飛葉は死刑を免れることはなかっただろう。かつての仲間も少年院に収監されている間に飛葉から離れてしまい、肉親とさえ断絶状態にある。雨の降りしきる秋の夜、凡人であれば死に至るであろう私の試験の全てをクリアした飛葉の野生を残したまま、私に従順であるように仕込むのは容易なことではなかった。しかし私には自信があった。牙を剥く野獣に鞭を振るうほどに、時に鋭い牙や爪で傷つけられることもあったが、それでも屈辱の炎が燃えるあの瞳が私に向けられるほどに、私の体温は上り、そしていつしか、飛葉という名の野生の獣をこの手の内に収めることに、一種の快感さえ感じるようになっていた。

 私と飛葉を結びつけているものはただ一つ、人の心を捨て、あらゆる手段を使って悪を討つ。それ だけだ。それだけが唯一の絆。我々の前に立ちはだかる敵がある限り、飛葉は私の支配下にあり続けるだろう。もしも……もしも私が一瞬でも隙を見せた時、悪に対して怯んだ時、飛葉は躊躇することなく私の喉をその鋭い牙で裂き、永遠に続く闇の中へ突き落とすに違いない。そして私の屍を越え、振り向きもせずに闇の彼方に消えてゆく。その瞬間を思う度、私の裡に熱く暗い炎が生まれる。それは絶望のように苦く、そしてこの身が震えるほどに甘美な味をももたらす、私の理解の範疇を越えた感情だ。

 私は待っているのかもしれない。この手で飼い慣らしたはずの野獣が、その鋭い牙を私に突き立てる瞬間を――。

 閉じた宇宙の中にあった血潮が歯止めを失い、飛葉と私の身体を紅く染める日を――。


 私に逆らうのもいいだろう。飛葉が私に牙を向けるのであれば、私は飛葉に鞭を振り下ろせばいい。あの夜、飛葉をこの手の中に収めた時のように。肉に食い込む鞭は身体への痛みと共に、飛葉のプライドを引き裂く刃となり、彼はその肌から紅い血を、そして魂は目にすることのできない、燃えるような血を流すはずだ。私はそれを、ただ眺めていればいい。やがて再び、飛葉が私に跪くまで……。



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