七夜目の真実―Side of others 7th―


 「これから出勤か」

早朝の佐倉川家の車庫。その出入り口の脇に持たれて立つ男が、この家の唯一の住人に声をかけた。佐倉川は訳がわからないといった顔で立ち、俯き加減の男の様子を窺っている。

「今日は仕事を休んで、俺たちに付き合ってもらうぜ」

「どういうことです? どうして僕が会社を休まなくちゃならないんです? だいたい、あなたは一体、何者なんですか?」

「警察だ」

男が静かな声で答えた。

「あなたのどこが、警察だと言うんですか」

佐倉川の言葉に男はジャンパーの襟裏のバッジを示す。

「この通りだ。今日は俺たちに付き合ってもらうぜ。さ、まずはクソ重てぇその門を開けてくれ。でないと、仲間が入れねぇ」

渋る佐倉川の背中を男が押すように、二人は門へと進む。佐倉川が門を開くと同時に、5台のバイクがエンジンを轟かせて庭に走り込んだ。

「八百。お前さんもバイクをこっち、持ってこいや」

サイドカー付のバイクから降りた小柄な男が言い、八百の入れ替わりにヘボピーが佐倉川の後ろに立つ。ほどなく最後のバイクが庭に滑り込み、外の世界へ続く門は再び閉ざされた。

◇◇◇

 玄関のすぐ脇にある応接室に飛葉を除くワイルド7の6人と佐倉川は場を移した。そろいの黒いジャンパーに身を固めた男たちがヘルメットを外す。世界がサングラスを外した時、佐倉川が小さな驚きの声を上げた。

「よく顔を合わせるな」

ここ数日、連続して出向いた寿司屋で世界と顔を合わせていたことを思い出したのか、佐倉川は顔色と言葉を失ったまま立ち竦んでいる。そんな佐倉川にはお構いなしに、世界は言葉を続けた。

「佐倉川亮。今日はお前の家を調べさせてもらう。これは礼状のない任意の捜索だが、お前に俺たちのすることを阻止する権利はない。俺たちは礼状ってもんを一切使わねぇ、特殊なグループなもんでな」

ただ立ち尽くしている佐倉川の両手に手錠がかけられ、その身体は応接間の隅に置かれていたピアノの椅子に固定された。

「この家に、お前以外の人間は?」

世界の問いに、佐倉川は頭を振る。

「ヘボ、お前は俺とこいつの事情聴取だ。他の者は屋敷中のガサ入れにかかってくれ。屋根裏から床下まで徹底的にやれ」

世界の指示を受け、メンバーは二手に分かれて屋敷内の捜索を開始し、世界とヘボピーは不安と恐怖に歪む佐倉川の顔を無言で見つめていた。

 先に沈黙に耐えられなくなったのは、佐倉川のほうだった。

「何故……あなたが……」

椅子に繋がれたまま、佐倉川が世界を見る。

「人を探してる」

世界はそう答えると、ピアノ椅子の傍にテーブルを引き寄せ、その上に6葉の写真を広げた。

「全員、ここ何年かの間に急に行方をくらました。姿が見えなくなってしばらくすると、全員の家族に髪の毛と当時の所持品が自宅に届けられた。この6人が行方不明になった件は、最初は全く別件の事件だった。だがその手口があんまりよく似てるもんでね。同一犯が起こした事件ではないかと考えた刑事が一人いた。被害者の自宅が複数の所轄にわたったってこともあってな、誰もこの事件を連続誘拐犯だとは思わなかった。だが、独りの刑事の勘が何かを掴んだ。そして俺たちが動いている」

世界の言葉に緊張し、身を固くした佐倉川の肩にヘボピーが手をかけた。

「お前さんは容疑者の一人に挙げられてんだ」

「僕は……」

「何、まだお前を犯人だと断定したわけじゃない」

世界が佐倉川の言葉を遮る。

「容疑者は他にもいる。俺たちは証拠がほしいだけだ。シロかクロかをはっきりさせるためのな」

「だからって……いくらなんでも、失礼じゃないですか。捜査令状も持たず、いきなり人家に入り込むなんて」

「俺たちは令状だとかってぇ決められた手続きなしで動くことが許されてる、特別な警官なんだ。だから令状なしでここんちを探っても、あんたの取り調べをしても、そうさな、逮捕したって問題ねぇんだ」

ヘボピーが佐倉川の顔をのぞき込み、ニヤニヤと笑う。

「心配せんでも、俺たちに逆らいさえしなけりゃ、手荒な真似はしない。安心しろ。だが、もしも変な気を起こしたら、どてっ腹に風穴が空く。それを忘れるな」

世界はモーゼルを収めたホルダーを示し、佐倉川の目を見据えて問うた。

「ここんとこ、この家に泊まり込んでるとかいうダチはどうした」

世界の言葉に佐倉川の顔が歪む。

「もう引き揚げたのか」

世界の厳しい双眼に捕らえられた佐倉川の身体が小刻みに震え始めた。

「お前のダチはもう、ここにはいないのか。どうんなんだ」

とうに歯の根が合わなくなっている佐倉川を見下ろしていたヘボピーが

「ったく……根性のねぇ野郎だな。世界なんぞ、俺っちの中じゃまだ辺りが柔らけぇほうだってぇのによ」

「まあ、いいさ。時間はたっぷりあるんだ。他の連中が何かを見つけるのが先か、こいつが喋る気になるのが先かってことぐらいしか、変わりはないんだからな」

「じゃ、俺はこの部屋を調べるか。どうも、じっとしてるのは苦手でね」

「ああ、頼む」

応接間の捜索を始めたヘボピーに代わり、佐倉川の背後に立った世界は改めて佐倉川を眺めてみたが、予想していたよりも遙かに気の弱い青年にしか見えない。こんな男に6人もの人間の自由が奪えるとは思えなかった。だが世界の胸にわだかまるものは消えず、佐倉川に初めて会った時から感じている、形容しがたいきな臭さのようなものは強くなるばかりだった。

◇◇◇

 和洋折衷というよりも、家の中心部分をなす和風建築に時代時代の当主の趣味を強く反映した増改築が施されたような屋敷の内部は、複雑な造りになってはいた。特に1階の台所や納戸が集まっている辺りは雑然とした感があり、部屋に通じるドアを開けたつもりがただの道具入れだったり、物入れだろうと思いこんでいた引き戸の向こうに住み込みの使用人が使うような小さな部屋があったりと、まるでびっくり箱のような案配になっている。それ故オヤブンと両国は取るに足りないと思われるようなドアや引き戸の全てを開け、一部屋一部屋中を確認せねばならなかった。

 応接間から奥へ進み続けた二人は、やがて台所に着いた。こざっぱりと整理整頓され、少々古びてはいるもののひと目で上等なものだとわかる流し台などが一方の壁に沿って配置され、動線を配慮した位置に食器棚や食品収納庫、冷蔵庫などが並べられている。部屋の中央には4人がけの木製のテーブルが置かれ、その上には湯飲みと急須が一つずつ。独身男の一人暮らしにしては清潔な台所兼食堂と思しき部屋にこれといった特徴は見当たらなかったが、二人は勝手口のドアを手始めに、あちこちの扉を手当たり次第に開け始めた。

「おい、両国。こりゃ、何だ」

オヤブンが床に切られたドアの取っ手を指す。

「ああ、食品貯蔵庫だよ。金持ちの家には結構あるんだ。土の中の貯蔵庫は中の温度が一定してるから、漬け物だとかの保存食を置いておくのにいいって話だ」

「よく知ってるな」

「会社の女の子が一人、この間、玉の輿に乗ったんだ。で、その時に新居の話をあれこれ、耳にタコができるくらい聞かされて……」

床に切られた扉を開いた二人は、息をのんだ。

「おい……」

「これは……庭で見た地下室に通じてるんじゃないか?」

床下収納庫のつもりで開いた扉の中から、石造りの階段が地下に続いている。二人は顔を見合わせると銃をホルスターから引き抜き、慎重な足取りで階段を降りた。

 階段を降りきった場所には鉄製の、頑丈そうな扉があった。その横のフックにかけてあった二つの鍵の一方で扉を開く。そして外の灯りを頼りに通路の壁のスイッチを押して、低い天井の電球に灯を灯す。

「この廊下は家の中心に向かってるな」

「空気はそれほど悪くないから、使ってないわけでもなさそうだぜ」

などと話しながら、両国とオヤブンは石の敷かれた通路をゆっくりと進む。廊下の最奥に再び鉄の扉が現れた。両国が先刻使わなかった鍵で扉を開けると、畳にして2枚ほどの小部屋がある。彼らの正面にはいくつかのスイッチやブレーカーが設置された木製のボックスがあり、その下の釘に吊された2つの鍵が鈍い光を放っている。そして左右には見るからに頑丈そうな2つのドアがあった。

「お前が庭で見つけた地下室は、どっちだ?」

「多分、こっちだな」

両国が指した扉に手を当て、次いでもう一つのドアにオヤブンが手を当てた。

「なるほどね。こっちのほうが、若干温度が高い……気がする」

「じゃ、誰かが中にいる?」

「可能性は高いな」

壁にかけてある鍵の一方を取った両国が、内部に人がいるのではないかと思われるドアのノブに手をかけた。

「おい、両国。なんで、そっちの鍵だってわかるんだよ。どっちも似たような形なのによ」

「そりゃ、オヤブン。こういうのはドアに近い方にかけるって相場が決まってるだろ?」

「なるほどね。ま、間違ってたところで手間ぁかからねぇしな」

「そゆこと。さて、何が出てくんのかな……」

両国は悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべ、鍵を差し込んだ。


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