弁慶の受難

──byニシオギ──


「くっ……」
「弁慶さん?しっかりして弁慶さんっっ!!」

先程迄和やかに談笑していた筈の弁慶が、やおら箸を落とし蹲る。
一瞬の後、望美の絶叫が響いた。

どうしようも無い嘔吐感と手足の痺れを認め弁慶は自嘲する。
そう、そもそも自分には過ぎた願いだったのだ。平穏な生活など。
いかに平家との戦に終止符を打ったとは言え、これだけ政に関わって来た自分の事。
それではと解放してもらえる程甘い世の中では無い。

だが、それだけにこの庵の守りはあらゆる意味で固めてあった筈だ。
少なくともここに居る時に何かが起こらない様に。一体何処で……

『其処に近づいてはいけません!』
『えっ?!あっ、ごめんなさい』
『ああ……すみません怒ったつもりは無いんですよ。
 ただ、そこには毒を持つ植物を集めてありましてね』
『えっ、毒……何でですか弁慶さん!何故そんなものが必要なんですか!』
『ああ、何を怒っているのです?薬によっては必要なものですよ?
 ただ、単独で使用すると危ないですからね。そのように纏めてあるのです。
 君が間違わない為にも……ね』
『まぁ……確かに私の覚えは悪いです……けど』
『ゆっくり憶えて行けば良いですよ。時間は充分にあるのですから』

少し拗ねた様子だった彼女も、その手を取れば
『全く……そうやって何時も……狡いんですから』
と言いつつも握り返して来て、
話が逸れた事に安堵しつつも、本当にこの時間が永遠なら良いとも思った。

───── もしや、彼女が誤って……?
朦朧とする意識の中、君の声が聞こえる。

「どうして……?私、譲君に言われた通りに……」

譲……?どうして此処でその名が出てくるのだろう。
有川譲。彼は元の世界に戻る事が可能な今も、梶原家に居る。

『譲君、きっと朔の事が心配なんですよ』
無邪気に笑う君に彼への同情を憶えたが、だからと言ってその想いを代弁する気も無い。
彼女にとっては今も気の許せる幼馴染みで相談相手。
それを良い事に……というのは主観だが、時々薬草が欲しいとこの庵を訪れて来る。

『でね、あれ?これは……何だったかな』
『ゲンノショウコですよ。先輩』
『あ、そうそう、それそれ。もーう、譲君の方が詳しいじゃない。
 ちょっと弁慶さんに教えてもらったぐらいで〜』
『いや、ほら、この先すぐ追い抜かされますって』
『うぅ……そうかなぁ。どうもそんな気がしないんだけど』

そんな遣り取りに一瞬声を掛けるのを躊躇った。
むしろ君にこんな気持ちを抱く前ならば易々と会話に入り込めたのに。

『譲君に言われた通りに───』
そうだ、彼はあの戦いの最中も、時間を見ては勉強をしに来ていた。
あの私室を見て寧ろ感動していたのは彼の方だった。
飲み込みも早く、教える側としても楽しかった。

真逆…其れがこの様な形で返って来るとは。
恋心というものは時に人を狂わせると言う。
決して心から祝ってくれているのでは無いだろうと思っていた。
その気持ちに気づいていながらも、肝腎の君が気づいて居ないのを良い事に
気づかぬ振りをした。

その報いだと言うのですか………。

「弁慶さんっ!!しっかりしてください。今、今お医者様を……」

医者……それは少々難しいでしょうね。
この辺りに居る医者は僕だけですから……。

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「譲殿、今日は望美が来ていたようね。会えなくて残念だったわ」
「ええ、朔、何でも今日は通いの手伝いの方が来れなくなったそうで、
 夕飯は腕を振るうから教えて欲しいと言われたので」
「あらあら、それで……」
「まあ、何と言うか先輩があれだけ剣術が上達したのも素質があっての事だと……」
「そうね……人間得手不得手があって当然よね……」
「ある意味……無害なものから有害なものを作り出すのは常人の技ではありませんが」
「………」
「俺なりに出来る事は……したつもりなんだけど」
「ええ、譲殿は何時でも一所懸命よ。それは間違い無いわ……」

「…………」
「…………」

「と、とりあえずそれはそれとして夕飯にしようか」
「そ、そうね」

梶原家の食卓は、本日も和やかであった。

── 完 ──


掲示板の流れとは何の関係も無く投下。
ソフトを貸してくれたいっしーさんへのお礼です。お礼になっていないという事は勿論気づかぬ振りですよ。
落書きなので細かい所は気にしないでください。大きい所も気にしないでください。
あらゆる意味で苦労が絶えない弁慶ですよ(笑)あのEDを見つつ妄想していたのはこんな話ですよ。
では失敬!

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ちなみにニシオギさんはいっしーさん、司書はもりやまさんからソフトを貸してもらってます(笑)。
借り物でここまで楽しめる私らは、三国一の幸福者でございましょう。


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