最強婿養子伝説 第壱拾六話

──by司書──


厨に向かった朔と譲を除いた面々は、座敷で思い思いの会話に興じている。
久方ぶりに顔を合わせた天と地の青龍──将臣と九郎は、九郎の師匠でもあるリズヴァーンと談笑の真っ最中。
敦盛はその傍らで望美と語らい、時折、密やかな笑い声を零す。

「で、根本的な解決は?」
楽しげな仲間を目の端で捉えながら、彼らとは少し離れた席に集まった弁慶と景時に、ヒノエが問うた。
「まだ……でしょうね」
きっかけくらいは掴んだだろうけれどと、弁慶が杯に口を付ける。
「日毎夜毎満ちていく月のように輝きを増す姫君を眺めているだけなんて、譲もつくづく情けない。
 隙あらば月の姫君を攫おうと狙っている男が、どこにでもいるっていうのによ」
「ヒノエ君……そういう冗談は、さ」
景時が曖昧な微笑いでヒノエに応えたが、熊野の頭領は手酌で空になった杯を満たす。
「烏たちの話だと、朔は譲と祝言を上げてからこっち、ここん家に来る連中の中でも評判らしい。
 人の妻だとわかっていても、だがそれがいいとか言い出す輩もいるそうだ。
 そんな姫君を一人で外に出すなんて、俺にはできないね」

譲と祝言を上げたのを機に、朔は尼僧としての生活を改めた。
年頃の娘らしい明るい色の衣を身に着け、季節に合わせた花を髪に飾ることもある。
控えめに施された化粧は朔の凛とした性質と、涼やかな美しさを引き立てており、
それが日を追うごとに増しているのは周知の事実でもあった。

偶然にも朔と譲の仲がぎくしゃくし始めた契機の目撃者となってしまった景時、ヒノエ、弁慶の三人は、
声を潜めながら善後策を練ろうとはするのだが、
二人の慎み深さと言葉の少なさが招いた今回の一件は、
結局のところ、本人達が何とかする以外に術はない。
しかし、九郎を除く周囲にも譲の不調を気取られるようでは、
天下を手中に収めつつある源氏として看過するわけにもいかず、
かと言って、第三者が介入できるような内容ではないため、
九郎の後見を務める景時としても、手をこまねいているほかないわけのだが。
「一番先に譲君の作った菓子が食べられないのが不満だなんて、
 さすがに朔も言い出しづらいと思うんだよね。
 譲君としてはさ、他の人の評判を確かめてからって思ってくれてるんだよね。
 そこんとこがね、どうにもね」
「ヒノエ。君が譲君に助言してはどうですか?
 日頃からここに来ては、食事を作ってもらってるそうじゃないですか」
「生憎、野郎のために一肌脱ぐ趣味はないね」
そういう弁慶こそ、望美をダシにして通ってるだろうにと、ヒノエが笑った。

「俺はね……朔には幸せになってほしいんだよね。
 俺が頼りない分だけしっかり者になっちゃってさ。何だかんだって、苦労もしてるしね」
しみじみと呟く景時の肩を軽く叩きながら、
「ま、なるようになるさ。
 朔が選んだ男は甲斐性なしじゃないって言ったのは、景時、お前さんだろ?」
と言う。
そんな二人を眺めながら、弁慶は生まれて初めて神に──二人の神子を守護している筈の龍神に祈った。
願わくば二人の神子に幸福を……と。

「なんだ、そんなことが原因だったのか」
不意にかけられた声に顔を上げると、九郎がいる。
「ならば、俺が進言してこよう。
 譲の作るものを最初に口にするのは朔だと、そう家内での取り決めをするように言えばいいんだな?」
勝手に盗み聞きをして、勝手に納得し、
こちらの返事を聞かずに厨に向かう九郎を停めることは、三人にはできなかった。
無言で顔を見合わせてから三人は、どうにもならない事態なら、
いっそ九郎に丸投げする方がいいだろうかと、視線を宙に遊ばせるしかできなかった。
少なくとも、停滞したままの現状が打破されるのは歓迎すべき事態である。
例え、それが元で再び混乱が起きようとも……。


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