魅惑的な貴男


 「ねえ、お菓子作ったんだけど、食べる?」

ぼややんとした笑顔を満面に湛えた、2151小隊きってのエースパイロットにして、料理を得意とする点では、食いしん坊の中村光弘と肩を並べる速水厚志が言った。

 正面グラウンドで日課の走り込みをしていたスカウト(従戦車歩兵)の若宮康光と来須銀河はクラスメイトの姿を見るや、目を丸くした。しかし姿に似合わず甘いものに目がない若宮は、差し出された手作りクッキーを遠慮なく、実に美味そうに頬張っている。もちろん来須もクッキーを口に運んではいるのだが、どうしても速水の出で立ちが気になってしまう。ここに来る前の速水の行動を考えれば、その姿は極めて自然なものだと言えたが、だが15歳の男子としてはいかがなものかと思わずにいられない。お節介を承知の上で来須は、

「すごい奴だ」

とだけ言った。それを純粋な誉め言葉だと解釈した速水は嬉しそうに笑って礼を言い、裏庭のほうへ走っていった。

 速水の後ろ姿をいつまでも見送っている来須に若宮が、

「速水がどうかしたのか」

と問う。

「…いいのか、あれは、あれで」

「悪くはないだろう。こう言っては何だが、我が小隊であれが一番似合うのは速水だ」

多少腑に落ちない部分があるものの、そんなものかと思い直した来須はクッキーをすっかり平らげると、走り込みを再開した。

◇◇◇

 ハンガー1階では原素子整備班長をはじめとするメカニック要員が士魂号の整備・調整に精を出している。速水は原に整備班のために取り分けておいたクッキーを渡す。

「あら、ありがとう、速水君。疲れた時には甘いものが嬉しいのよね」

特に速水の作る菓子は皆が喜ぶからと原が微笑むと、速水は嬉しそうに笑った。

「悪いけれど、半分を2階に持っていってあげてもらえるかしら」

原の言葉に素直にうなずいた速水は、軽やかに身を翻して鋼鉄製の階段を駆け上っていく。

「いいんですか、原先輩。速水君を注意しなくて」

原の有能な補佐役を務める整備士・森精華が、速水が消えた方向を見ながら言った。

「いいのよ。彼の手作りクッキーは疲れた身体に、そしてあの可憐な姿は心の疲れによく効くわ」

「それは、そうなんですけど……あれは、どうかと私は思います」

生真面目な森は納得できない様子だったが、スチール製のデスクの上に置かれたクッキーを口にした途端、細かいことを気にする気にならなくなったようで、上機嫌で他のメンバーに小休止を知らせた。

◇◇◇

 ハンガー2階では整備士と共に、士魂号のパイロット達も機体の調整に余念がない。

「ねぇ、お菓子作ってきたんだけど、食べない?」

速水の声に作業に没頭していた学兵たちが三々五々集まり、現場は和やかな空気に包まれる。ここでも速水の焼いたクッキーは大評判で、速水と共に士魂号複座式のパイロットを務める芝村舞も、パイロットとしての仕事よりも台所仕事を優先した速水に言いたいことがあったようだったが、甘味の持つ魔力には抗えないようで、少々複雑な表情を浮かべながら速水の手作りクッキーを口に運んでいた。

 数分間の談笑の後、裏庭に向かった速水を見送った面々は、複雑な表情を浮かべる。

「ありゃ、バカだな」

とあきれ顔で田代香織が言うと、

「そんな……」
と、田辺真紀が速水を擁護する言葉を探す。

「衛生面を考えると問題はありますが、士気の向上には悪くはないと思いますよ」

遠坂圭吾が控えめな微笑みを浮かべ、新井木優美がいかにも楽しそうに笑う。

「速水さんは私生活について考え直すべきです」

小隊の風紀委員長こと壬生屋未央が提案したが、その言葉は全員一致で却下された。育ち盛りの彼らは速水の私生活よりも、彼がもたらす手作りの菓子により高い価値を認めたのだ。

◇◇◇

 裏庭ではオペレーターの瀬戸口隆之と東原ののみが指揮車の整備を行っており、2号機のパイロット・滝川陽平がその手伝いをしていた。

「新井木が、機体の調整をしてくれって言ってたよ」

速水が伝言を伝えると、滝川はうんざりした調子でクッキーを口に放り込む。

「ちぇーっ、あいつ、生意気なんだよ」

「そんなこと言っちゃ、めーなのよ」

ののみに窘められた滝川はばつの悪そうな表情を浮かべ、瀬戸口は幼いののみが母親よろしく滝川を諭す様子を微笑みながら眺めていた。

「ところで速水、この後はどこに行くんだ?」

「どこにも行きませんよ。小隊長室にも行ったし、石津さんや先生達にも渡してきたし、ここで休憩したら2階に戻って機体の調整をしなくちゃ」

瀬戸口は小さく鼻を鳴らした後、

「ってことは、お前さん、こんなイカス姿を小隊全員にお披露目してきたってわけか」

と、いかにも愉快そうに速水に言う。

「ちがうのよ、たかちゃん。イカスじゃないの。かわいいふりふりえぷろんなのよ」

ののみの言葉に速水は初めて我が身を見直した。

 今日のクッキーは会心の出来だった。それ故、速水は一刻も早く皆に食べてもらいたくて後片づけを終えるとすぐに食堂兼調理室を飛び出した。そして急ぐあまりに調理室で使っているエプロンをはずすのを、うっかり忘れてしまったのだ。故に速水は愛らしいことこの上ないふりふりエプロンをつけた姿のまま、小隊内を駆け回っていたことになる。そう言えば、速水が声をかけた瞬間、皆が皆、何とも言えない表情を浮かべていたが、その理由がこれだったのかと、速水は愕然とした。

「う……わ……」

速水はそう言ったきり、首まで紅潮させて固まっている。

「いいさ、目の保養、目の保養」

「誰も何も言わなかったのは、やっぱそれっすかね」

「多分な。それから欲だな、欲。明日あたり、『激撮・速水厚志のふりふりエプロン姿』の写真が隣の女子校に出回るだろうな」

瀬戸口の言葉に速水は我に返り、縋るような目で瀬戸口と滝川を見た。

「どうして僕なんかの写真が出回るんですか!」

「小隊長室には加藤と善行委員長がいたんだろう? だったら当然。加藤のことだ。抜かりはないと思うぜ」

「俺、速水の『フェロモンむんむん体操服姿』の写真なら、見たことあるぜ」

「ののみはねぇ、あっちゃんの写真たくさんもってるのよ」

と、ののみが小さなポケットから写真ケースを取り出し、嬉しそうに見せる。そこには隠し撮りされたらしい、様々な表情の速水がいた。

「これ、誰からもらったの?」

絶望的な声で速水が問うと、ののみは天使のような笑顔を浮かべて

「みんなだよ。みんな、あっちゃんの写真を持ってるの。かわいいお守りなんだって」

と、嬉しそうに言った。

◇◇◇

 「一度、尋ねようと思っていたんですがね」

2151小隊長の善行忠孝が眼鏡をかけ直す。

「加藤さん、あなたは速水百翼長の隠し撮り写真の売上を、どうするつもりなんですか」

「委員長……今更何を訊かはるんかと思えば」

加藤祭事務官は書類から目を離さずに言った。

「素朴な疑問ですよ。それに私はあなたにデジタルカメラをお貸ししたんですから、知る権利は充分にあると思いますが」

加藤は善行につまらないことを尋ねる、つまらない男だといった風な視線を投げると

「砂糖とかジャガイモとか小麦粉とかの食材を仕入れるんです。それを使って速水君と中村君がお菓子を作ったり炊き出しをしたりしてくれる。で、うちはその姿をこっそりと撮影して売り飛ばしてごっそり儲けて、また食料を仕入れてます。料理上手な美少年は人気があるし、今や郷土の英雄と呼ばれる速水君の写真は結構な高値で取り引きできるんです」

と、速水本人が聞くと卒倒しそうなことを当然のように言う。

 善行は多少速水に同情を寄せたが、日を追う毎に厳しくなる食糧事情を考えると加藤を非難することもできず、指先でこめかみを押さえるに止めた。

「この件についての私とあなたの関与を、速水君にだけは知られないようにしてくださいよ」

善行はそれだけ言うと、次の戦いに備えるための戦況の検討に集中することにした。


ガンパレードマーチでもうひとつ(笑)。
ふりふりエプロンを所持していると、
魅力の訓練効果が1.5倍になります(本当)。
その他にも魅力的なアイテムが揃っています。
男性用際どい水着の姿が気になります。
こういう妙なツボの押しどころがあるのも、
ガンパレードマーチの楽しさです。


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