再 会

 賭に負けたフリックが隣の村まで――といっても馬で一日、徒歩なら三日はかかるような辺鄙な場所での用足しを終え、ビクトールが待っている筈の酒場に顔を出した。

 休息日の前日ということもあり、酒場は仕事をやり終えた男や女達で溢れている。ビールやワインの杯を傾け、ささやかな幸福を満喫している表情を見たフリックの頬も自然に弛んだ。

 自分達が生を受けた大地には未だ戦いが絶えず、夥しい血が流される大きな戦と戦の間を埋めるように国々の国境付近では小競り合いが続いている。戦士達は故郷を守るために、或いはその日の糧を得るために戦場に赴く。戦いに巻き込まれ家や土地を焼き払われた民は珍しくない状態で、誰もが何の保証もない明日に不安を感じている筈なのに、それでも彼らは逞しく歩み続ける。その姿にフリックは無条件に感動した。そして今は亡き恋人も人々とのふれあいの中につかの間の幸福を見出していたのかと、過ぎ去った若い日々に思いを馳せた。

「てめ、何を黄昏れてんだ? あぁ?」

重ねた月日の中でも色褪せぬ恋人の姿が瞼に浮かぶその前に、フリックの目から火花が飛び散る。

「てめ……ビクトール!! 何、しやがる!! 俺を殺す気か!!」

「お前が死ぬワケねぇだろ? 運にはからっきし見放されてるわりに、すんでのところで命拾いしてるお前がよぉ!!」

「俺が痛い目に遭うのは、てめぇのとばっちりを食ってるからだ!! この疫病熊!!!!」

「なんだと、優男!! 文句あっか!!!!」

「おおありだぜ、熊野郎! お前のお陰で、俺は何度死に損なったと思ってるんだ!!」

 いつの間にやら、ビクトールとフリックを取り囲むように野次馬の垣根ができている。それに気づいた二人は、挨拶代わりの悪ふざけが行きすぎてしまったと知り、平静を装ったまま焦り始めた。

 周囲の期待は痛いほどわかる。しかし期待に応えて派手な喧嘩沙汰を起こせば、その後始末に金をいくらせびられるかわからない。豊かではない懐具合を考えれば、不用意な出費は避けるべきだ。そのためにも相手か自分のどちらかが降参した方が得策なのだが、戦士としての自負と矜持がそれをよしとしない。そして互いに同じ考えなのを感じ取り、二人は気まずげな目配せをかわす。

 文字通り、進退窮まった二人の耳に懐かしい声が聞こえた。

「すいませーん。こちらにビクトールさんっていう……えーと、熊みたいな人、いませんかぁ? あと、フリックさんって、青い人を捜してるんですけど……」

「グレミオ?」

ビクトールとフリックは声を揃えて声の主を呼ぶ。

「え? どちらですか?」

物見高い人々が作った道をやってきたのは左頬に大きな傷のある、痩躯の中年男だった。

「ああ、こちらでしたか。ビクトールさん、フリックさん。噂を聞いて、坊ちゃんと二人で随分探しちゃいましたよ」

飄々とした口調ではあるものの、ただ者ではないことが一目でわかる身のこなしと目の光も、男は併せ持っている。しかし、それも尋ね人を見た途端に浮かべた穏やかな空気に瞬く間にかき消された。

「ああ、お二人ともお変わりなくて……すぐにわかりました」

「おいおい、いくら何でも、そりゃ、ないだろうよ。あれから15年が経ってんだぜ?」

「そりゃぁ、小じわが増えたとか、お腹が出てるとか、前髪が少し寂しくなってるとか、白髪があるとか、老けた分だけ変わってはいますけど、でも……そう、根っこのところは何一つ変わってませんよ。あの頃のままです」

 自信たっぷりに言い切るグレミオの笑顔が酒場の緊張感を消し去り、いつの間にか野次馬連中はそれぞれの席に戻っている。それを見たビクトールとフリックは、さんざんな言われようをしたことはこの際なかったことにして、見事にこの場を収めたグレミオに素直に感謝した。

「助かったよ、グレミオ」

「地獄に仏ってやつだ」

「一体何です? 私にはさっぱりわかりませんよ」

余計な出費を免れたフリックとビクトールは笑いながらグレミオの背中を押し、ビクトールが先に陣取っていたテーブルに着いた。

「ティル坊ちゃんの顔を見に行く前に、駆けつけ一杯といこうや、グレミオ。フリック」

 ビクトールが冷えたビールが満たされたジョッキを上げ、フリックとグレミオもそれに倣う。

「15年ぶりの再会に!!」

「皆さんの健康に!!」

「美味い酒と料理に!!」

三人はそれぞれの思いを胸にジョッキを鳴らした。


いっしー・石井さまサイト『真昼の星』さんでの企画で正解を引き当てて、
そのご褒美に描いていただいた15年後のビクトールとグレミオに、
プチ創作をつけさせていただきました。
この時点で『幻水3』はプレイしたばっかりで
こんな風にのんびりした暮らしをしてるのかどうかは謎ですが、
そんな暮らしをしてもらえると私は嬉しいです。


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