快眠の前の、適度な運動


 任務が明けたその日の夜、彼らは互いを求め合った。二人の命があることを確かめるかのように激しく貪欲に、まるで貪り合うかのような一度目の情交は嵐のようで、彼らは自らの快楽を求めることだけに夢中になってしまうのが常である。そして全てを解放するとほどなく、睡魔が彼らの意識を全てを曖昧なものに変えてしまう霧で包み込み、二人は深い眠りの中へと沈み込む。

 目覚めた時に飛葉は大抵、世界の鎖骨のやや下に鼻先をこすりつけるようにしている。そして世界の片腕は飛葉の枕になっており、空いた腕は飛葉を抱き寄せるかのようにその身体に回されている。特に肌寒い季節は互いに暖をとるために、また大の男が二人で潜り込むには狭すぎる布団から身体をはみ出させないようにするために、密着度が高くなることが多い。完全に醒めきっていない意識レベルのままに睦言を交わし、唇を重ねるひとときは、心地よい倦怠感と幸福な気分がない交ぜになったまま流れていく。触れるだけの口づけが深くなるに従い、二人の体温は上がる。身体の中心で生まれる熱に浮かされるように、彼らは再び求め合う。

 二度目の抱擁の時には多少の余裕が生まれ、彼らは互いの肌の感触や唇を存分に味わう。緩やかに高まる快楽を楽しむように求め合う情交は、彼らの肉体よりも精神に、より強い作用を及ぼす。敏感な箇所を辿り合い、ゆっくりと暴いてゆく欲望と思いは敏感な飛葉の身体を甘く苛み、飛葉の上気した身体と熱い吐息が世界の裡を幸福で満たしてゆく。

 吸い付くように絡む飛葉の身体は、世界を求めてやまない。焦らすような世界の動きに、飛葉が甘えるような視線を送る。飛葉が求めるものを与える代わりに、世界は吐息が勝る囁きを耳朶に絡めた。すると飛葉の身体が弓のようにしなり、彼の意志に反してこぼれそうになる声をこらえるために、飛葉は唇を噛む。

「悪い癖だ……」

世界が飛葉に口づけ、薄く開いた唇を指先で割る。頭を左右に振り、飛葉は意地の悪い指から逃れようとしたが叶わず、残酷なまでに優しい世界の動きに促されるように艶めき、掠れた声を洩れた。自分自身の声を耳にした飛葉の頬に朱が走り、悔しそうな表情が浮かぶ。

「ちく……しょ……」

「どうした?」

「もう……勘弁……しろ……」

飛葉が全身で、限界に達している飢えを世界に伝えた。

「もう少し、付き合え」

世界はそう囁き、余裕を感じさせる様子で汗ばむ飛葉の肌を辿る。飛葉は身体の渇きを気取られぬよう世界に縋りつき、心と体を嬲るうねりをやり過ごそうとする。ぎりぎりまで追いつめられた飛葉の体温が上がり、汗ばむ全身に凄絶な色をまとい始めた。

「いい子だ……」

理性も冷静な思考力も萎え、貪欲に己の歓びだけを追い始めた飛葉の身体が、世界に侵されようとしていた。身体の向きを変え、鍛えられた飛葉の背中に心地よい重みが加わる。性急に求めようとする身体を宥めながら、世界は飛葉の奥深くへ進む。熱い契りが深まる度、飛葉の身体が逃れるような動きを見せた。飛葉の腰を抱く世界の腕が、組み敷いた身体を引き寄せるのと呼応するように、飛葉はシーツを力任せに握りしめ、喉を反らせる。

飛葉が乱れる吐息と共に、世界の名を途切れがちに呼ぶ。繰り返される律動は、飛葉の言葉を意味のなさないものに変え、二人は共に快楽の頂を目指した。

◇◇◇

「だいじょうぶか?」

汗で額に張り付く飛葉の髪をかき上げながら世界が言った。

「すけべ」

飛葉が唇を尖らせ、恨みがましい視線を投げる。

「そりゃ、お互い様だろう」

心外だと言わんばかりに世界が答えた。

「普段、すました顔してるクセに……。あんたみたいなヤツをムッツリスケベって言うんだ」

「あのな……」

世界は溜息をつき、呆れた顔で飛葉を見た。

「半分以上、お前のせいだぞ、飛葉」

「なんで、俺のせいなんだよ」

「しょうがないだろう」

「何がしょうがねぇだよ」

「惚れた弱みだ。勘弁しろ」

世界の言葉に、飛葉は目を見開いて赤面する。

「寝るぞ。俺は疲れた」

そう言って世界は飛葉を腕の中に抱き込み、瞼を閉じた。

規則正しい世界の呼吸が、彼が既に夢の中の住人となったことを飛葉に教える。

「何が疲れただよ。まいってんのは俺のほうだってぇのに……ったく……いい年こいて我が儘な男だぜ」

飛葉は小さな声で憎まれ口をたたいてから、世界の胸元に鼻先をつけると大欠伸を一つしてから眠りに落ちた。


心地よい睡眠に、適度な運動は効果的です(笑)。
若い飛葉に合わせるために
世界に創意工夫や日頃の精進が求められるのは確実でしょう。
疲れるのんわかってんのに、頑張りすぎんなよな……。


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