続・リーダーの領分


 志乃べぇから押しつけられたに等しいかなドリルを、飛葉はいかにも面倒だと言わんばかりの顔で放り出す。だが卓袱台の上に落ち着いた冊子らは、飛葉の態度からは創造しがたいほどの慎重さで新しい持ち主の手から離れたようで、木肌が目立つ天板の上で微かな音さえ立てなかった。

「一冊でも仕上げて、志乃べぇに返してやったらどうだ? 喜ぶぞ」

「字が下手でも、困りぁしねぇんだよ!!」

「お前はな。読ませられる方の身になってみろ」

「ンだと……!!」

弾みで出た軽い拳を片手で受け止めて、世界が微笑む。

「志乃べぇなりの気持ちだ。酌んでやるのが、大人の配慮ってヤツだ」

静かな世界の口調に、感情に任せた自分の行いを省みたのか、飛葉は小さな声で了解の意を、世界に伝える。

「世界、アンタは字ぃ、どうなんだよ」

「見本があれば、見本通りに書けるが、見本がなけりゃ、お前と変わらんだろう」

「見本?」

「ガキの頃、サーカスで、張り紙だのチラシだのを作る手伝いをさせられて。見本通りに書けないとどやされるからな。サーカスのガキ同士で練習したもんだ。何も見ずに書くのはメモくらいで、そのせいか、俺の筆跡と言えるのは、あやふやだ」

「学校とか、どうしてたんだ?」

「殆ど行ってない。お前も似たようなもんだろう」

「まぁ、シャバの学校はそうだけどよ。中坊は、院の中の学校に行かされるんだ。フリでも真面目にやらねぇと殴られてな。まぁ、俺は反省室がねぐらみてぇなもんだったから、あんま、行ってねぇんだけどよ」

「オヤブンは、アレで達筆だ」

世界の言葉に、飛葉はかつがれてたまるものかと言いたげな表情を浮かべた。

「筆と墨が扱えないと、バカにされるんだそうだ。一家を預かる親分ともなるとよ。あれで子分や弟分連中のガキの名付け親になったこともあるらしい」

「どんな顔して、どんな名前を付けたもんやら……ガキの行く末が心配になるな」

「まったくだ」

 二人は顔を見合わせて笑い、それからどちらからともなく唇を寄せた。

「お前の字は、お前らしくていい」

「俺らしい?」

「あちこち跳ね返って、勢いだけはあるだろう」

「ああ? 何だよ、そりゃぁよ!!」

 機嫌を損ね、食ってかかろうとする飛葉を、世界は笑いながら腕の中に抱き込む。器用に体の自由を奪う腕から逃れようとする飛葉だったが、からかうように甘やかすように動く腕は彼を放そうとはしない。

「俺は、気に入ってるぞ」

 耳元に落ちてきた声が飛葉の動きを止めた。

「ごまかす気か?」

ふてくされる飛葉に答える代わりに、世界は飛葉に深く口づけた。


案外と世界はあれで
「俺だけが読めたら問題なし」とか思ってそう(笑)。
あの仏頂面の下で。

ちなみに司書さんの左利きの幼馴染み君が世界みたいでした。
誰も左手で上手に字を各方法を教えてくれなかったので、
ひたすらに人とかお手本の真似とかしてるうちに、大変な真似っこ上手に。
問題はすぐにお手本に釣られてしまうので、本人の確たる筆跡があやふやだとか。
そんな彼も今では売れっ子看板屋さん(笑)。


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