冬の夜


  体内にわだかまる熱を持て余しているのか、もどかしげな飛葉の手が世界の背を探る。世界が宥めるような口づけを熱い肌に落としながら身体を進めていけば、飛葉が熱い息を吐く。吐息に紛れる程に微かな声に煽られて、世界は昂る自身をもって飛葉を翻弄する。何かに耐えるように眉根を寄せる飛葉の名を呼べば薄く瞼を開き、情の滲む呼びかけに飛葉は懸命に答えようとするのだが、吐息と言葉にならない声に遮られて思うにまかせないのだろう。何かを伝えたげに、広い背中に回された手に力が込められる。

「大丈夫か?」

抱き起こし、向かい合うように脚の上に乗せた飛葉の耳元で世界が問うたが、飛葉は乱れた呼吸を整えることさえ忘れたように、しなやかな身体をひたすらに押しつけてきた。

 容赦なく悪党共を地獄送りにする腕が甘えるように絡むのを、決して怯むことなく標的を見据えて離さない目が潤んでいるのを、生意気な言葉しか知らないような唇が我を忘れて戦慄く様を、世界は軽い優越感と感歎をもって受け止める。時折、思いがけずに大きくしなる背中を宥め支えながら、世界もまた飛葉と共に官能の淵に飲み込まれていくのを感じていた。

◇◇◇

 弛緩した四肢を投げ出すように、飛葉は世界に身体を預けている。世界は僅かな幼さが残る飛葉の項に掌を当て、情交の名残を惜しむように世界は少し癖のある柔らかな髪に唇を寄せた。

「おい……このまま寝るな。風邪をひくぞ」

「わかってる……」

そう答えながら飛葉は瞼を少しだけ、実に大儀そうに上げて微笑んだ。鼻先を世界の肩に押しつけた後、飛葉は伸びをしている猫のように白い喉を反らす。

「飛葉、起きろ。まだ寝るな。おい、こら」

世界が飛葉の肩を揺すった。しかし飛葉は不明瞭な言葉を返してばかりで埒があかず、結局飛葉が完全に眠りに落ちるまで、世界は寄り添う背中をゆったりと撫でることに決めた。

 つい先日まで共に死線に在った背中の頼りなさを、世界は改めて思う。

 常に先頭に立ち、戦いの幕開けを告げるように突き進む背中には自信と力が溢れているように見えた。だからこそワイルド7のメンバー全員が飛葉をリーダーとして認め、世界自身も飛葉に対して絶対の信頼を置きさえしている。だが年相応の頑是無い素顔を見せられると、やるせない罪悪感を覚えてしまうのも事実だった。出会う前から真っ当な人としての道を踏み外していたと言えなくもない、救いようのない者同士が連んでいる以上は世界が何事かに胸を痛める必要はなく、相手に今以上の何かを求めさえしなければ、例え反社会的ではあっても、当人達にとっては心地よい関係は続いていく。
 それでも――――と、思わずにいられない。

 腕の中の少年に何かを残してやれないものか――その思いは飛葉を深く知るほどに強くなる。ごく普通の人間関係でさえ満足に結べた験しのない自分に、そんなことができるはずがないと頭では承知していた。だがそれでも再び訪れた自由な時間の中で手にした日々の得難さを伝えられれないものかと考えてすぐに、それが押し付けや自己満足でしかないことを認めて己を嗤い捨てる。そんな思考の堂々巡りも囚われてみれば案外と居心地が良く、甘い香りで毒気を隠した酒が染みこんでくるような錯覚を覚えた。

 ふと我に返ると、飛葉はすっかり熟睡しており、世界は胸に規則正しく繰り返される寝息に苦笑する。

「飛葉、寝たのか」

問うてみたが返事はない。それどころか飛葉は瞼を振るわせもせずに眠り続けていた。

 世界は飛葉を起こさぬよう静かに布団から抜け出し、畳の上に脱ぎ捨てられたアンダーシャツを手早く身に着ける。それから慎重に飛葉の手足を動かしながら窮屈ではない程度の服を着せてやると飛葉は刹那意識を戻したのか、薄く笑った。起こしてしまったかと世界が飛葉に布団をかけてやる手を止めた時、飛葉は力を半ば失った両腕を世界の首に回し、再び深い眠りにつく。そして世界は首にぶら下がったまま眠る飛葉を腕の中に抱き込みながら夜具に身を横たえ、瞼を閉じた。

 そして世界はこの夜もいつまでも答えを出せないでいる問題は棚上げしたままで、今は飛葉の身体の温もりだけを追うに徹したのだった。


色々と疲れてしまったので、
色々した後でついつい寝こけてしまった飛葉はかわいいけど、
あどけなさすぎると世界は困ってしまうのではないかと、
そんなもっともなことを考えつつも、
冬にぬくぬくと惰眠を貪るのが好きなだけの司書でした。



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