花火2


 背中に張り付く熱を振り払おうとした世界は、胸元にしがみつく腕に気付くと、諦めの溜め息をついた。

 慎重に右手だけを伸ばし、枕元を探る。煙草とライターを取り、それから灰皿を手繰り寄せてから、汗ばむ背中の気配に意識を向け、自分よりも僅かに高い体温を持つ少年は、未だ深い眠りの中にあることを確認し、片手で取り出した煙草に火を点けた。

 深い呼吸と共に肺腑に紫煙を取り込み、一呼吸置いてから吐き出す。ちょっとした儀式にも似た朝の習慣は、いつの頃に始まったのかも思い出せないほど、世界にとっては馴染みが深い。けれど、つい最近になってできた朝になって気づく習慣には、未だ完全には慣れていなかった。

 共に戦場を駆け、時に命を預け合い、今日を明日に繋いでいる仲間の一人だった飛葉と情を通じ合うようになってから、二人で夜を過ごして目覚めると、必ずと言ってよい程、世界の背中に飛葉が張り付いている。額を肩の辺りに押しつけ、背中から抱きつくような寝姿がひどく幼く感じられ、無下に振り払うこともできないでいるうちに、しがみつかれたまま眠るのが、いつの間にやら習慣になっていた。

 朝、目覚めてすぐに煙草を吸う時、飛葉を起こさないようにと気を遣うのが少々煩わしく思ったこともあったが、それも、しばらくすると難なくこなせるようになってしまった。肌寒い季節は人肌の温もりが嬉しく感じられたせいか、初めて知る飛葉の子供じみた寝相を微笑ましくも思ったものだ。

 しかし、である。夏の盛りにくっつかれては、正直なところ、堪らない。

 無下に振り払うのも大人げなく、また、安心して眠っている飛葉を無理矢理起こすのも忍びなく、惰性のままにデカイなりをした子供の好きにさせてはいるのだが、やや密着気味の肌の間を汗が流れる感触にはうんざりしてしまう。飛葉の部屋とは違い、扇風機が壊れていない分だけマシだとは言え、それでも真夏の暑さは如何ともしがたい。世界としてはさっさと起きて水風呂を使うか、せめて顔くらいは洗いたいと思いもする。

「どうしたものか……」

 この日、最初の煙草を灰皿に押しつけながら、世界は独りごちた。

 飛葉を無理矢理にでも起こすのは、任務中以外は容易ではない。熟睡しているところを不用意に突けば、遠慮の欠片もない勢いで振り回された腕が向かってくるのがわかっているだけに、起こそうという気も自然に萎えてしまう。どうしたものかと思案を巡らせながら、二本目の煙草に火を点けると、飛葉が僅かに身じろぐ気配がした。

 もそもそと動いていた指先が胸元から離れると、緩慢ながらも遠慮のない力で背中を押してくる。次いで、重い瞼を擦っているだろう様子が背中越しに伝わってきた。

「起きたのか」

声をかけてみると、飛葉は

「暑い。寝てられっか、こんなとこで」

と、短く言い捨てながら起きあがると、畳の上に放り出したままのシャツを手に風呂場に向かう。

「水、被ってくらぁ」

 無防備に晒された、汗の流れる後ろ姿を見送りながら、世界は広くなった布団で存分に四肢をくつろげた。


おっさんはタイヘンなんですよ(笑)。

飛葉は世界の前でだけ我が儘小僧で、
でも本人は気づいてないってーのが、乙女の煩悩でございます。


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