Happy Birthday


 激しい銃撃戦の末、ビルの中は半壊状態になっていた。空になったマガジンを抜いた飛葉が弾丸の補充を終えた時、耳をつんざく爆発音が空気を激しく揺さぶり、それよりも一呼吸遅れて、世界と飛葉の頭上に瓦礫が降り注ぐ。二人は頭部を庇うようにして、急いで柱の影に身を隠した。

「派手な音の割に、破壊力が小さい。ありゃ両国じゃねぇな」

「ああ、素人の仕事だ。アイツの爆弾だったら、俺もあんたも今頃は生き埋めになってるだろうよ」

飛葉が腕時計に視線を落とした。

「それに、予定より10分早い」

「小休止といくか」

世界が懐から煙草を取り出した。

 先程の爆発が敵方にもいくらかのダメージを与えたのか、世界と飛葉を執拗に打ち込まれていた弾丸の雨は止んでいた。先刻の爆発に、単に悪党どもの注意をビルの外に引き付けるだけの効果しかなかったとしても、銃撃戦を中断できるのは願ってもないことだった。世界は紫煙をくゆらせながら、愛用しているモーゼル・ミリタリーに新しい弾倉を挿入し、ジャミングを起こす危険性がないことを確かめる。壁を背もたれ代わりにして座っていた飛葉は、両国が自作した弾丸をショットガンに装着し、ナパーム油が詰められた2つのカプセルを世界に手渡した。

「頼んだぜ、世界」

「手順とタイミングは?」

「ドアを破ってすぐ、中央に一つ。残りはヤツらの動きを見てから、あんたが決めてくれ」

「わかった。ドアは飛葉、お前が破れ。俺が援護する」

「世界、手榴弾、何個ある?」

「残り2つ」

「俺が3つ。これだけありゃ、十分だな」

◇◇◇

 ビルの外で再び銃撃戦が始まった。何かが破壊される音と断末魔を迎えた人間の悲鳴と銃の音は耳に入ってくるが、飛葉と世界が身を潜めている、最上階にたった一つしかない部屋へ続く廊下に人の気配はない。二人は両国がビルの基礎部分を破壊するために仕掛けた爆薬の起爆装置が作動する刻限を、息を殺して待っていた。

「あ……」

不意に飛葉が声をもらした。

「どうした?」

「いや……今日、俺の誕生日だ。今、思い出した」

悪党退治に追われる多忙な日々が続いていたために、自身が生まれた日さえすっかり失念していたことがショックだったのか、飛葉は大袈裟に溜息をついた後、ショットガンの銃身を額に軽く当て、

「今日くらいは、悪党退治なんかしたかぁなかったよなぁ。悪党どもから手榴弾だの拳銃の弾だのをプレゼントされても、ちっとも嬉しかぁねぇ」

と、小声でブツブツとぼやき始めた。

「残り時間は?」

世界が飛葉に問う。

「5分」

飛葉の答を聞いた世界は、飛葉の唇を掠めるだけの短いキスをし、

「誕生日、おめでとう」

と、言った。

 敵の司令塔となっている部屋に奇襲をかけるために待機しているという状況に、あまりにも似つかわしくないことこのうえない突然の出来事に、飛葉はどんぐり眼を更に見開く。

「あ……あんた、何考えてんだよ!」

慌てふためき、頬を紅潮させた飛葉が小声で世界を怒鳴りつける。

「気に入らないのか?」

「気に入らないとか、気に入ったとかじゃなくて、時と場所を考えろっつってんだんよ」

「このヤマが終わったら、飯を食いに行こう。奢ってやる」

世界の態度や声音はいつもと変わらない。飛葉は呆れた表情で世界の顔を見ると、声を殺して笑い始めた。

「ったく……。あんたってヤツは……」

「ただし、どちらかが病院送りになったら、この話はチャラだ」

「あんたに背中を預けられるんだ。かすり傷一つ、つきゃしねー」

飛葉の言葉に、世界は口元に微かな笑みを浮かべる。

 「残り2分」

飛葉はそう言うと、腕の時計から世界へと視線を移し

「プレゼントの予備はあるかい?」

と訊く。先刻よりもくつろいだ気分で唇を重ねようとした途端、建物全体を揺るがすほどの爆発音が甘い空気を振り払った。崩れた壁からは塵芥が舞い上がり、天井からは瓦礫が容赦なく、二人の頭上に降り始める。

「1分、早い」

そう言うやいなや飛葉が廊下の中央に飛び出し、重厚な外観のドアを目指す。世界は数歩下がった位置を守り、扉の向こうで震えているはずの悪党の親玉を守るために、階下から駆けつけた人間を確実に倒していく。飛葉が手榴弾をドアに投げると同時に、中からサブマシンガンを持った男たちが飛び出してきた。飛葉は間髪を入れず二投目の手榴弾をお見舞いし、全幅の信頼を寄せている男の名を呼ぶ。世界は手榴弾を放ち、雑魚を一層するとすぐに飛葉の傍らに駆けつけ、ナパーム油の入ったカプセルを投げた。それとほぼ同時に発車された弾丸はカプセルを打ち砕き、中の液体を広い範囲に四散させる。次いで投げられた世界のライターを飛葉が打ち抜くと、瞬く間に室内に火の手が上がった。炎に追われるようにして部屋から出ようとする男たちの頭上に、2つ目のカプセルから撒かれた液体が降り注ぎ、先刻生まれたばかりの火の粉は新たなエネルギーを得、誰にも留めることのできない炎へと変わる。

 炎に全てを奪われてしまった男たちの姿に、彼らの命運がもはや尽きようとしているのを確認した飛葉が、視線で世界に作戦の成功と任務の終了を伝えた。

「一つ、余っちまった」

手榴弾を弄びながら、飛葉が不敵な笑みを浮かべる。世界が飛葉の肩を軽く叩くのを合図に、二人は悪党たちの死体が折り重なる廊下を抜け、外へ続く非常階段を目指した。


8月1日は飛葉の誕生日ですので、記念に書いてみました。
こんな真似をするようになるとは、煩悩とは本当に恐ろしいもんです。
まぁ、砂で口ン中がザリザリするキスは、彼らにお似合いでしょう(笑)。
世界の無精髭伸びてたら、ジョリジョリも追加。


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