夜 桜


 部屋に入り、後ろ手でドアの鍵を閉めるとすぐに、飛葉は世界の首に両腕を回す。深く強く唇を合わせた二人は、互いの熱を奪い合うように求め合い、激しい口づけは思いの外長いものとなった。ようやく身体を離す頃にはすっかり飛葉の呼吸は乱れていたが、世界の瞳の中にも飛葉と同じ情欲の兆しが宿っている。

 靴を蹴り捨て、衣服を脱ぎ捨て、二人はもどかしげに奥の和室へ倒れ込んだ。直接触れ合う肌と肌が次第に熱を帯びるほどに、飛葉の感覚が研ぎ澄まれていく。唇に、掌に、指に触れられるたびに飛葉の肢体が激しい震えと緊張を帯びる。

 嬲られるたびに零れそうになる声を堪える飛葉の唇を、世界の指先が割る。飛葉はかぶりを振りながら逃れようとしたが叶うこともなく。とても自分のものとは思えない甘ったるい声が唇の隙間から洩れ、飛葉の頬に朱が走る。飛葉は悔しそうな目で世界を睨みつけると、飛葉にとってはもはや戒めを与えるものでしかない指に舌を絡めた。世界は媚を含まぬ 飛葉の媚態に煽られるように組み敷いている身体の奥を探り、飛葉は全身で残酷なほどに優しい愛撫に応えながら、熱い楔に貫かれる瞬間を待ちわびていた――。

◇◇◇

 一糸纏わぬ姿で畳に横たわる二人の肌を、春の夜気が冷やし始めていた。力無く投げ出された飛葉の身体のそこここに、情交の名残を留める薄紅色の花弁が散っている。

 乱れた呼吸が鎮まり始めた頃、飛葉は空気の冷たさに身体を震わせた。世界は飛葉を引き寄せて何事かを囁き、飛葉は鼻先を世界の胸元に擦りつけながら笑う。

 飛葉はひとしきり笑うと世界に口づけをねだり、甘い唇を十分に堪能してから半身を起こした。ふと窓を見上げると、所在なげな朧月が薄汚れたガラス越しにあった。


お花見三部作、ここに完結です。
途中で三部作なってしまいました。
3つのタイトルが、キレイにまとまったので満足です。
春眠暁を覚えず申しますが、
この後二人はちょっと肌寒い布団の中で、
早い春の朝のひとときをぬくぬくと楽しむのでしょう。
まぁ、平和でええよな。


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