胸毛遊技


 「よう、世界。ココ、いいだろ?」

「ああ……最高だ……」

飛葉の問いに、世界はゆっくりと息を吐きながら答えた。

「んじゃ、ここは?」

先とは異なる飛葉の動きに、世界は堪えきれないといったような息をつく。

「よし。じゃ、もっとサービスしてやるぜ」

 悪戯な光を瞳に浮かべた飛葉が、体重の大部分を世界の背中に預けた。飛葉が規則的に体を動かすたび、敷き布団の上に腹這いになっている世界が心地よさそうな息を吐くのを眺めながら、

「こうやると、気持ちいいんだな?」

と、問う。そして世界は短い言葉と共に、繰り返す呼吸で全身に広がる快い刺激を現し続けた。

◇◇◇

 「もう、いいぞ」

世界がそう言いながら仰向けに体勢を変えると、飛葉は少しばかり腰を浮かせて先刻までマッサージをしてやっていた男の腹の上に跨った格好で座り直した。

 世界が飛葉を見上げる瞳には穏やかな表情が浮かんでいる。それは任務中は言うまでもなく、他のメンバーと共にいる時には決して見ることのできない、飛葉だけに向けられる、彼自身も最近になって知ったものだった。

 決して束縛することのない、けれどふとした拍子に感じられる空気のように自然な存在感は、時に見守るように飛葉の傍にあり、ある時には飛葉を奮い立たせるようにも思われ、また感情が高ぶりすぎた場合には戒めるようなものへと自在に変化する。寡黙な質で、一見無愛想に見えてしまう動かぬ面(おもて)に紛れるかのように、静かで豊かな表情を映す瞳があることに気づいたのはいつの頃だったのだろうかと考えてみるのだったが、ワイルド7のメンバー一員となったばかり時期にも、唇を重ね、互いに触れ合うようになった今も、世界は変わらないように思えた。世界が変わったように感じられるのは、もしかすると自分自身のせいなのかもしれないと考えることもなくはない。例えば独りのほうが気楽だと、特定の誰かと関わり合うのは面倒だと思っていたはずの飛葉自身が、今こうして長閑な時間の中に安らぎを感じている。その現実に戸惑いと驚きを感じているのは自分だけなのではないかと考えたりもする。

 「重いか?」

飛葉が訊くと、世界は薄い笑みを浮かべながら頭を軽く左右に振り、少し癖のある、柔らかな飛葉の髪に指先で触れた。髪を梳く指の感触は心地よく、飛葉の胸にあたたかなものが広がっていく。不思議なほどに楽な気分になってしまう自分の幼さを知られたくはなく、つい憎まれ口を叩いてしまう。

「背中を揉んでやったくらいで喜ぶなんてよ、もう、あんたも歳だな。いい加減、おとなしくしたらどうだよ」

「俺を後ろに控えさせておきたけりゃ、お前も無茶をするな」

飛葉の憎まれ口など慣れっこになってしまっているのか、世界は相変わらず穏やかな表情で飛葉を見上げている。居心地の悪い、けれどくすぐったい気分をごまかすように飛葉は軽く鼻を鳴らして世界の胸元に視線を落とした。飛葉が貸したパジャマは世界には少し小さく、留められたボタンが幾分引きつってしまっている。それがあんまり窮屈そうに見えたため、飛葉は白い貝殻でできたボタンをはずし始めた。

「おい、飛葉。何をしてるんだ」

「ん、俺のパジャマ、ちょいとばかり窮屈そうだからよ……」

「仕方ないだろう、お前と俺とじゃ体格が違いすぎる」

世界の言葉などどこ吹く風といった風に、飛葉は仰向けに横たわったままの世界の胸元をはだけていく。

「うるせーよ。このままじゃ、俺のパジャマのボタンが飛んじまうだろう」

などと言いながらボタンをはずし終えた飛葉は、露わになった世界の胸に改めて見入った。

「なんか、スゲーよな。あんたの胸毛」

指先で梳いてみたり、軽く引っ張ったりしながら飛葉が感心するように言うと、世界は呆れたような表情を浮かべる。年齢的なものもあるのだろうが、髭もまばらにしか生えない自分に比べて遙かに男性的な匂いを放つ世界の身体に、飛葉は純粋な好奇心と僅かばかりの羨望にも似た気分を感じずにいられない。指先に伝わる思いの外柔らかな感触を楽しみながら

「なぁ、これって冬は暖かかったり、夏場は暑苦しかったりすんのかよ」

と問えば、

「そんなことは知らん」

世界は苦笑しながら答える。

 飛葉は世界の胸に顔を寄せ、その感触を楽しむように鼻先だの頬をすり寄せてみる。世界は特に咎めようとはせず、飛葉の髪に軽く指を絡ませながら頭を撫でていた。また子ども扱いされていることに気付いてはいたが、こんな風に何をするともなく過ごしている時には腹立たしく感じることはない。むしろ頬や額に伝わる柔らかな感触や、鼻をくすぐる煙草とバーボンと硝煙と汗が少しずつ混ざった匂いにひどく安心してしまう。髪だけでなく、背中や首をゆったりと撫でる大きな手のひらもまた、飛葉がたいそう気に入っているものだったが、そんなことを知られようものなら、世界の自分に対する日頃の子ども扱いに拍車をかけることがわかっているので、殊更知らぬ振りを決め込むことにしていた。

 「よう……あんた、知ってるか? 胸毛と臑毛って違うんだぜ」

「違うって、何がだ」

「臑毛ってゴワゴワしてっけどよ、胸毛はなんか、柔らけーんだよな。髪の毛とかとは違う感じなんだけど……あんた、知らねーの?」

「考えたこともないな」

と、世界が感心したように言い、次いで妙なことに気がつくとからかうように笑った。飛葉はまた子ども扱いされてしまったことに臍を曲げ、

「あんた、鈍いから気がつかねーんだ」

と、つっけんどんに言う。世界は子どもをあやすように飛葉の頭を軽く叩き、機嫌をとろうとした。しかし堪えきれない笑いは、揺れる両方の肩が伝えている。

「何、笑ってんだよ」

「胸毛、ほしいのか」

世界が訊くと飛葉は顔を上げてしばらく考え込み、

「ここにあるから、当分の間はいらねぇよ」

と答えた。笑みを浮かべながら飛葉の頭を抱き寄せる世界に

「ああ、これはお前専用だ。好きにしろ」

と囁かれ、飛葉は仕方がないというような素振りをしてみせるのだが、ともすると緩んでしまう頬を引き締めるのに少しばかり苦労をした。

 飛葉は世界の言葉に現金なほどに上機嫌になり、世界の胸元に鼻先を擦りつけてみた。世界から伝わる体温と彼自身の体臭に、任務の間張りつめていた緊張がほぐれていくのを感じる。それがあまりに心地よく感じられ、飛葉はつい何度も世界の温もりと匂いで胸を満たそうとしてしまう。

「おいおい、何か臭うか?」

飛葉を呼ぶ声に顔を上げると、世界が怪訝そうな顔をしていた。

「……あんたの匂いがするぜ」

飛葉はそう答えると、鼻を大袈裟に鳴らしながら世界の胸元に顔をすりつける。

「犬みたいなヤツだな……煙草臭いだろう」

「ちょっとだけな。でも、それだけじゃねえよ」

「どんな匂いだ」

笑みを含んだ世界の言葉に、飛葉は嗅覚をできるだけ敏感に働かせてはみたが、彼にとって心地の良い匂いを表せる言葉は見つからない。それを知ってか知らずか、世界は答えを急かすように飛葉を呼ぶ。

「だから、あんたの匂いだって言ってんだろ?」

飛葉が笑いながら答えると、

「臭いのか?」

と世界が言う。

「臭かねえよ……俺は……好きだな……」

「ほう……そんなに好きか」

「ああ、好……」

うっかりと誘導尋問に乗せられたことに気付いた飛葉は、乱暴に世界の胸を押しやるように身体を起こした。仰向けになっている年かさの男は意地の悪そうな、それでいてどこか嬉しそうな笑みを浮かべながら飛葉を見上げている。他意のない、世界の悪戯だとわかってはいても、易々と乗せられてしまった自分が情けない。何よりもひた隠しにしていた本心を表す言葉を無意識に口にしたことが口惜しい。飛葉は精一杯の虚勢を纏って世界を睨め付けてはみたものの、そんな心中さえも見透かされているような気がしていたたまれなくなってしまう。半ば自棄気味に乱暴に世界の身体に半身を重ねると、飛葉の背中に回された腕が宥めるように動く。飛葉はどうやっても敵うことのない男の温もりに身を委ねながら、その胸に熱くなった頬を寄せた。

◇◇◇

 世界の胸元を探っていた指先に、世界の胸の色づいた場所が偶然触れた。ふと飛葉は世界もそこに触れられれば、自分と同じような感覚を覚えるのだろうかと思い、そんな考えを意識した途端に身体の中心が熱を帯びるのを感じた。それをごまかすためにごそごそと動いてみたり、わざと乱暴に世界の胸毛を引っ張ってみたりしてみたがどうにもならない。まだ確かな形にはなっていない欲望を気取られぬよう、身体の位置をずらしてみたりしたものの、その努力が無駄に終わりそうに感じられたため、飛葉は動きを止めて静かに深く息を吸う。

 背中に回されていた世界の掌が子どもをあやすように動き

「眠いのか」

と尋ねられたが、馬鹿正直に心中を吐露することもできず、飛葉はただ押し黙っていた。

「お前も随分働いたからな。疲れたんだろう」

労る声と手は焦れる心と体を煽るばかりで、飛葉は背中と髪に添えられていた世界の左右の手首を取り、畳に押しつけた。それから一度だけ顔を上げて世界と視線を合わせると、ゆっくりと横たわる厚い胸に顔を近づける。鍛え上げられた逞しい胸に口づけ、それを覆う体毛に舌先で触れていると、僅かに緊張を帯びた世界の声が飛葉を呼ぶ。答える代わりに軽く肌に歯を立ててやると、世界の身体に緊張が走った。

「……飛葉?」

世界の呼びかけに答えず、飛葉は幼さの残る愛撫を続ける。

「飛葉、こっちを見ろ」

世界の凛とした、けれど柔らかな声に促されるように飛葉が世界に顔を向けると、両手を戒められている男は複雑な表情でこちらを見つめていた。

「……なんだよ……嫌なのかよ」

飛葉が目を逸らすと、彼を戒めていたはずの手に不意に引き寄せられた。額から頬へ、頬から首筋に滑る唇が

「今日は随分とサービスがいいんだな」

と、からかうように囁く。

「嫌なら、いい」

飛葉が世界の手を振りほどこうとすると、

「そんなわけ、ないだろう」

と世界が言う。その言葉に答えるように、飛葉は世界と唇を重ねた。

◇◇◇

 世界と向き合って座り、両足でその腰を抱えるような姿勢で世界を受け入れた飛葉は、強い圧迫感の中に潜む快楽の予兆に身を震わせた。声を漏らさぬように息をつくと、世界の手が労るように背を撫で上げる。互いの熱で汗ばむ身体を絡め合いながら飛葉は意識を手放し、高みを目指す。身体が揺れるたびに全身に広がる痛みを伴う甘い痺れには、幾たび身体を重ねても慣れることができない。そんな風に感じるのは自分だけなのだろうかと、世界もまた同じような感覚を覚えているのだろうかと、飛葉は堅く閉じていた瞼を薄く開いて彼を翻弄している男の顔を見る。

「辛いか?」

世界の案じるような問いに頭を振って答えると、飛葉は息を鎮めながら

「……あんた……どう……なんだ……」

と訊く。飛葉の目をまっすぐに見つめた世界が

「最高に、いい」

と言う。予想外のストレートな答に飛葉は頬が更に熱くなるのを感じた。

「馬鹿……言ってんじゃねぇよ……」

飛葉は照れ隠しにそう言うと、世界の身体に深くその身を沈めた。


世界の胸毛で遊ぶとういのは司書のアイデア。
遊んでる最中に臭いを嗅ぐのはももきっつぁんのアイデア。
飛葉が一人で先に盛り上がるってのは、共通見解(笑)。
この作品で苦労したのは、胸毛の表記でした。
どうあがいても胸毛は胸毛。
こうね、ラブシーンにもっていけるだけのえっちぃ要素は欠片もございません。
つーか、ギャグやのよ。どこまでも、胸毛ってやつぁよ。
胸毛の美しい表記って……。


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