幸福な諍い 2


 「なーんか、変なんだよな。最近のリーダーはよぉ」

オヤブンがスプーンでコーヒーカップの縁を軽く叩きながら言った。

「イライラしてるよな」

「けどよ、なんかあったのかって聞いても、何も言わねーんだよな」

「今日だって、コーヒー飲みもしないでガレージにこもりっきりだろ?」

「今日だけじゃねーって。ここ2・3日、ずっとあの調子だ」

「毎日毎日バイク磨いてよ、何が楽しいんだか……」

オヤブン、両国、ヘボピー、そしてチャーシューの4人が飛葉のうわさ話をしている。敵の懐に潜入した八百から何の連絡も入らないため、他のメンバーは小悪党などを相手にしながら数日間、待機姿勢を余儀なくされている。倒し甲斐のありそうな敵を目の前にしていながら手が出せない状況に少々飽きてきたのか、或いは大仕事を前にして情緒不安定に陥っている飛葉が気にかかるのか、4人は飛葉の機嫌が悪くなった理由をあれこれと話し合うのだが、確信めいた答を出すことはできなかった。世界は黙って煙草を吹かしながら、聞くとはなしにメンバーの会話に耳を傾けている。

「でもさ、大丈夫かなぁ、飛葉ちゃん。そろそろ八百から連絡が入る頃だろ?」

「心配はねぇと思うけどな。いつもはガキみてぇだけどよ、悪党を相手にしてる時は、まるで別人みたいになるんだからよ」

「まぁな。わかっちゃいるんだけどなぁ……」

「普段、バカみてぇに元気な人間がしょぼくれてるとよ、妙に気になるんだよな……」

「世界、あんたどう思う?」

そう言ったのはチャーシューだった。世界は普段のポーカーフェイスを崩すことなく、

「さあな」

と、答えた。するとオヤブンが身を乗り出すように世界に身体を寄せて

「世界、あんた飛葉に何か言ってやってくれよ」

と、言った。

「なんで俺なんだ」

と、いかにも面白くなさそうな口調で答える世界に向かって、4人が我先に、たたみかけるようにして口々に、好き勝手な理由をいい始めた。

「決まってるだろ? 隊長の次に飛葉と付き合いが長いのはあんたじゃねーか」

「おい、たかだか何カ月くらいしか変わらねーんだぞ。そんなのは理由になりゃしねぇ」

「でもよ、本当のことだろ? なぁ、みんな」

「そうそう。それにメンバーの中で一番歳くってるしな」

「亀の甲より、年の功ってな」

「こういうことは年寄りの役目って、昔から決まってんだよ」

「誰が年寄りだ!」

「あんただよ。世界」

チャーシューの一言でオヤブンが世界の指から煙草を奪い、両国はコーヒーカップを脇にどけた。そして怪力を誇るヘボピーが世界を無理矢理立たせてドアへと追い立てる。世界は彼らの抜群のチームワークに呆れ果て、ヘボピーに押されるままにスナック『ボン』を後にした。

◇◇◇

 『ボン』から歩いて数分の所に、10坪足らずの広さのガレージがある。そこはワイルド7のメンバーが任務に使用しているバイクの収納庫として利用されているだけではなく、彼らが普段乗っているバイクが、電気コタツや扇風機などといった季節外れの家電製品が放り込まれることもある。また、誰かが持ち込んだきりになっている工具などが増えたため、最近では日常的な簡単なメンテナンスくらいなら、十分にこなせるようになっていた。

 換気用に作られた小さな窓から光が漏れ、中に誰かがいることを示しているガレージのドアを開け、世界は室内に入った。飛葉は背中を丸め、彼の身体の一部とも言えるバイクの手入れをしていた。作業に集中しているためか、それとも入ってきた者が誰なのかわかっているからなのか、入口の方向に全く注意を払わずに作業に没頭し続けている。世界は黙って飛葉の背中を眺めていたが、やがて静かに煙草を燻らし始めた。しかし相変わらず沈黙を守ったまま、壁に背中を預けるようにして立っている。

「何か用かよ」

先に重い沈黙に耐えられなくなったのは、飛葉だった。彼は入口近くに立っている世界に注意深く近づき、世界の顔を睨みつけた。

「お前の様子が変だって言ってな、連中が心配してたぞ」

相変わらず自分と視線を合わせようとしない世界に飛葉は苛立ちを隠せず、少々乱暴に壁際に置いてある工具箱を開けた。

「ヤツらに頼まれて、仕方なく様子を見に来たってわけかよ」

「八百が今調べているヤマは結構でかい。それを前にしてるってのに、リーダーのお前が落ち着かねぇようだから……」

「あんたには、カンケーねぇよ」

世界の言葉を遮るように飛葉が言う。飛葉は工具箱から数本のスパナを取り出すと再び世界のほうを向き、言葉を続けた。

「どうせ、もう俺には興味なんかねぇんだろ? だったら俺にかまったりすんな」

「どういう意味だ?」

「あんた、俺に飽きたんだろ?」

「もう一度、言ってみろ」

世界はそう言うと、コンクリートの床の上に投げ捨てた煙草を、足でもみ消した。そして飛葉はまるで食って掛かるかのように、激しい言葉を世界にぶつける。

「あんたはもう飽きたんだよ!!だから……飽きちまったから、俺なんかどうでもよくなったんだ!!だから……」

突然に世界の掌が飛葉の左頬を打つ音が、狭いガレージの中に響く。飛葉は驚き、大きな目を更に見開いて世界を見つめた。そして飛葉の微かに震える唇から言葉が紡がれようとするよりもほんの少しだけ先に世界が

「見くびるな」

そう言い残し、一度も振り返ることなくガレージから出ていった。

 飛葉は動くことさえできずに立ち尽くしていた。そして耳を澄ましても、世界の足音が聞こえなくなった頃、力無くうなだれ、左の頬に手を当てた。そして

「痛ぇ……」

と、呟いた。


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