ピロートーク


 

 パステルピンクの天井に向けて、煙草の煙を一息に吹き出してみる。それからもう一度、深く息を吸い込むとすぐに、隣から手が伸びた。

「メンソールとちゃうで」

「ええよ、別に。煙が出たら、そんでエエねん」

「インポになっても、知らんで」

「それって、ウソとちゃうん? べーやん、なってへんやんか」

「俺様は、別や」

「アホ」

すぐ傍で、さっき自分が吐き出したのと同じ煙が天井に向かう。

「どないしたん?」

「何が」

「ヘンやで、今日は」

「俺が変なんは、いつものこっちゃろ」

「まぁ、そうやねんけどな……感情の起伏が激しいっちゅーか、人に散々突っ込んどいてから、他の誰かのこと考えんのは、どういうこっちゃねんな」

「アホ、そんなことあるかい」

「あるさかいに、怒ってんねん」

「うわ、お前、ちょう!! 危ないやんけ! 火傷したらどないすんねん」

乱暴に煙草の吸い口を押しつけられて、川辺が慌てて半身を起こす。

「自分で思てる程、アンタ、器用とちゃうクセに、遊び人のいフリすんのやめとき。見ててしんどいわ」

「無理はしてへんつもりやねんけどな」

「しんどそうやで?」

「ほな、慰めてや」

「も一回、やるん? せやったら、シャワーしてからや。ローションでベタベタで、気色悪いし」

「せっかくやし、一緒に風呂入ろか。なんやったら、風呂でも一発」

わざとらしい程に芝居がかったふりで、川辺が鼻を鳴らしてみせる。

「お姫様抱っこで、風呂場まで連れて行って。そしたら、サービスすんで」

「アホ、言うな。お前、俺よりなんぼ程、でかいと思てんねん」

「何やの、その言い方! 毎日仕事で鍛えてるとか、偉そうなこと言うてたんは、ホラなん? ん? チビのべーやん」

「嘘とちゃうけど、今日は勘弁してくれ。明日、ちょっと手間のかかる工事控えてんねん。腰とか肩とかいわしたら、シャレにならへんし」

「しゃーないな、この男は。ほんなら、お姫様にするみたいにチューして、それから起こして。今日は、それで勘弁したるし」

川辺は煙草の先を灰皿に押しつけると、ベッドに腹這いになっている身体に覆い被さり、それから髪に、首筋に、背中に唇で触れる。くすぐったいと顰める肩に口づけてから、口紅が殆ど剥げ落ちた唇にキスをする。

「さて、お姫さん、おっきしてくれるか」

背中に右手を回し、腰に左手を添えて川辺が微笑む。

「アンタ、オカマにも優しいなぁ」

「せやろ」

「男にも女にも、オカマにまで優しいのに、何でいっつもいっつも振られるんやろな」

「なんや、知ってたんか」

「大人のお付き合い、全部切ったて聞いたから、誰かにマジ惚れしたんちゃうかなぁ、思ててん。せやけど、そんな話、ちょっとも入ってけーへんし、いつものこっちゃろかとか、思ててん。普段はチャランポランやけど、変なとこ、律儀やねんもん」

「律儀なことないで、俺。見たまんま、チャランポランやし」

「無理しいな。アタシといてる時くらい、気ぃ抜き。泣いても、誰にも言わへんで? しんどい時はお互い様やん」

 相手を起き上がらせる筈の川辺の身体が、不意に一回り大きな胸と腕に抱き込まれた。川辺がされるがままに任せていると、大きな掌が短い金髪を撫でる。その感触が心地よくて、川辺はゆっくりと目を閉じた。

「付き合い長いし、身体の相性もエエし、お互いの考えてることも大概わかんのに……何で、アタシらは大人のつきあいしかでけへんのやろな」

「わかりすぎるから、やろな」

「わかりすぎたら、ときめかへんもんな。知らんかったこと、わかった時の嬉しい気分もなかったら、アレやもんねぇ」

「やっぱり、初っぱなくらいはドキドキしたいやろ? 俺らみたいな腐れ縁は、ドキドキがないさかい、惚れた腫れたにはならへんののやと思うで」

「ほんなら、これからも二人とも空き家の時、ラブホで抜き合うて終わるん? それだけ?」

「多分な。けど、色恋が関わらへんから、ずっと、死ぬまで友達でいられるんかもやで」

「オカマと両刀遣いでも? しょーもないな男に惚れて振られて惚れて振られて……」

「二人で替わりばんこにカマ掘られて、掘られまくっても、変わらへんやろな」

「ほんで、べーやんが男に惚れたり女に振られたりしてもな」

「見境のない男で、すまんな」

「気にせんとって。アタシみたいなでっかいオカマでも、萎えんでおってくれる男は貴重やし。それこそ、お互い様や」

 

 二人はしばらくの間、ベッドの上で座ったまま、無言のまま、ただ抱きしめ合った。

 それは、不思議と心地よい時間だった。人肌の温もりが、行き場を失った山瀬への恋心を溶かしてくれるような気さえする。男二人が抱き合うには不似合いであることこの上ない、愛らしいホテルの一室ではあったが、そして互いに片思いをしては玉砕する繰り返ししかできない人間だったが、それでも肌を合わせれば、それが束の間のことであったとしても、心も身体も温めることができた。

 「お前、ホンマにええオカマやな」

「惚れ直したやろ」

「せやし、風呂で背中、流さしてもらおかな」

川辺が感謝の気持ちを、戯けたふりに隠して言う。

「そこまで言うんやったら、流さしてやらんこともないな」

 それから二人は同時にベッドからおり、不必要なほどに広く、ベッドルームからガラス越しに中が見える浴室に向かう。流れる湯にやるせない思いを全て流し、生まれては消えるボディーソープの泡に何もかもを押しつけるために──────。


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