許されない愛2

 晩餐の後片づけを終え、朝食の下準備をしていたグレミオを呼ぶ声がする。

「お腹、空いたんですか」

「お前ねぇ……3年ぶりの再会だってのに、そりゃぁねぇだろうよ」

「あなたとフリックさんが行方知れずになったと聞いて、坊ちゃんがどれだけ心配したと思ってるんですか。無事だったからよかったようなものの、あなたは何かというと人騒がせなことをするんですから」

振り返りもせずグレミオが言うと、ビクトールは顎の辺りを人差し指で掻きながら厨房の奥へ進む。

「お前らも消えちまったクセによ」

ビクトールのからかうような言葉にグレミオも苦笑を浮かべた。

「まぁ、そんなですけど……。フリックさんもシーナさんもお元気そうで……」

他の皆も変わりはないのかとグレミオが問うと、ビクトールは不機嫌さを隠そうともせず、いかにも面白くないといった様子で

「ああ、ああ、どいつもこいつも嫌になるくらいお元気だ」

と、応える。解放軍のその後を心配することはなかったが気にはしていたのだとグレミオが微笑を浮かべたのを見るや、ビクトールがツカツカと調理台に向かっている青年の肩を掴んだ。

「そんで、俺の心配はどうしたよ」

「してましたよ、ちゃんと。坊ちゃんなんかしばらくの間ご飯も喉に通らなくなっちゃって、終いには病気になっちゃうんじゃないかと思うくらい、それはそれは心配してたんです」

「そうじゃなくて……」

「ええ、私もあなた方が心配でしたよ」

苛立ちを隠せないビクトールの物言いを遮って、グレミオが静かに答える。

「感動の再会ってのは、ねぇのか?」

「すみません、後にしてください。まだ仕事が残ってますから」

肩に置かれたビクトールの手をそっと外し、申し訳なさそうにグレミオが言う。しかし彼はこの日、一度もビクトールに顔を向けたり、ビクトールの視線を受け止めることはなかった。

「手を動かしながらでもいいからよ、こっち見ろや、グレミオ」

ビクトールが両手をグレミオの肩に置く。

「まだ仕事が残ってるんです」

自身の肩を包む手を外そうとしたグレミオの手を素早くとらえるたビクトールは、柔らかな金色の髪に鼻先を押しつけたままの姿勢で、その手を逞しい身体の中で最も熱を帯びた場所に導いた。

「何を……!!」

突然のことに狼狽えたグレミオの身体を易々と抱き込んだまま、ビクトールが掠れた声で囁く。

「俺も、俺の身体も正直だけが取り柄でな」

「あなたという人は……」

「なぁ、お前も正直になってみろや。いいことがあるかもしんねぇぞ」

 戯けた調子で隠された熱が確かに感じられ、グレミオは観念したかのように溜め息をついた。

「少し待ってください。朝食の下ごしらえが……」

「明日のことなんざ、明日に回せばいいじゃねぇか」

「そうはいきませんよ。いつもより大人数だし、それにこれは、マクドール家にいる私の仕事ですから」

「相変わらず真面目なこって」

呆れたようなビクトールの口調にグレミオが沈黙する。

「まぁ、いいさ。融通が利かねぇそんなとこも、俺ァ気に入ってンだ」

 ビクトールは笑ってグレミオを解放し、グレミオは優しい乱入者によって中断された作業を再開した。

 それから十数分が経ち、手ふきで両手を拭いながらグレミオが後ろを向いた。視線の先には粗末な木造の椅子に腰掛けたビクトールがいる。

「お待たせしました」

「いい子にしてたんだ。それなりの褒美を期待していいんだろうな」

「それは……あなた次第ですよ、ビクトールさん」

◇◇◇

 厨房の真向かいの小さな扉を開け、グレミオはビクトールを部屋に誘う。ビクトールは物珍しそうに部屋を眺め回している。ベッドと椅子と机は主の人柄を写すようによく手入れされた木特有のツヤを持ち、小さな書棚と衣装箱はその無欲さを物語る。

「いい部屋だ」

ビクトールがグレミオを抱き寄せ、その存在を確かめるかのように背や腰を掌で辿り、頬に、額に、瞼に唇が落とされるのを、グレミオは半ば恍惚としながら受け止める。どちらともなく唇を寄せ合えば愛しさが止めどなく溢れ出し、今更ながら彼を欲する男に対する、己の強い執着を思う。

 許されることなどない、忘れられる筈もない。忘れた振りをしながら先々の幸福を祈らずにいられない身勝手さを自ら嫌悪しながらも、グレミオは思いもかけず、再び求められた事実を歓喜の中で抱きしめる。

「お前の身体も正直だ」

抱擁を愛撫に変えながら、ビクトールが言った。

「あれっきりかって、俺ぁ時々思ってたんだ。あれだけじゃ全然足りねぇ。なぁ、グレミオ、聞いてるか?」

ビクトールのするがままに任せていたグレミオがそっとビクトールの胸を押しやる。

「ちゃんと聞いてますよ、ビクトールさん」

「ホントかよ。それにしては冷てぇじゃねぇかよ? 俺の顔をまともに見ちゃいねぇクセになぁ」

「仕方なかったんですよ」

グレミオが微笑む。グレミオの笑顔に引き込まれたビクトールの虚を突いたグレミオが、ビクトールの身体を下側に引き込むようにしてベッドに倒れ込んだ。

「あなたはわかってませんよ、ビクトールさん。私だってあなたに会いかったし、触れたい、抱き合いたいと考えてたんです。あなたと目を合わせたりしたら、私は何を口走るかわからない……だから私はあなたを見るのが恐ろしかった……!!」

思わぬ展開に、ビクトールは組み敷かれ、言葉を失ったまま相対する緑色の瞳を見つめている。

「あの夜のことは私だけが望んだわがままで、何もかもお酒のせいにしてしまわれてもいいと思ってました。私の中に思い出だけがあればいいと……あなたにとっては一夜限りの間違いでも気の迷いでも何でもいいと……」

「人をあんまり見くびってくれるなよ」

シーツに両手をついた姿勢でビクトールを見下ろすグレミオの瞳が濡れていた。

「お前らが消えたって噂を聞いた時、俺はやったって思ったぞ。トラン共和国の大統領閣下の付き人殿にはなかなか近づけやしねぇけど、俺らと同じ、後々の面倒事から逃げ出したクチならとりつく島なんか腐るほどあるってな」

「あなたはって人は……」

 夜の闇の中で仄かに光るグレミオの髪を弄びながら

「いい子にして待っていた俺に、ご褒美はもらえるのかな?」

と、ビクトールがグレミオに問う。

「ええ、あなたが望む全てを差し上げますよ」

そう囁きながら、グレミオはゆっくりとした動作でビクトールの胸に、自身の胸を重ねた。

◇◇◇

 狭いベッドの上で、二人は身体を半ば重ねるようにして寄り添いながら、情交の余韻を楽しんでいた。ビクトールはグレミオの髪を指で梳き、グレミオは先刻まで彼を翻弄していた身体に頬を寄せ、確かな鼓動に耳を澄ませている。

「すみません」

不意にグレミオが言った。

「私には坊ちゃんが一番で、それはこれからも変えられなくて、この先も坊ちゃんを選び続けることしかできません」

「わかってるさ」

ビクトールがグレミオを引き寄せる。

「そんなとこも引っくるめて惚れてんだぜ?」

その言葉にグレミオは深い情を込めた息をつき、肩を震わせた。

「俺もなぁ、どうも一つ所には落ち着かねぇ質だからよ、色んなもんがお互い様なんだな、きっと。だからよ、たまに顔を合わせた時くらい、こんな風に思いっきり楽しもうぜ」

ビクトールは黙ったままのグレミオの身体を組み敷き、グレミオは逞しい身体を誘うように両手をビクトールに差しのべた。

「一つだけ……お話ししたいことがあります」

ビクトールが無言の笑みで応える。

「坊ちゃん以外では、あなたが初めてです。この部屋に入るのは」

「そりゃ、すげぇや」

ビクトールは満面の笑みを浮かべると、再びグレミオに溺れた。


ジュリーの「許されない愛」という曲のオマージュのつもりが、
どこにも元ネタが感じられない話になりました(笑)。
予想以外に長くなりましたが、
後半戦に突入した時点で、前半は特にいらんことに気づきました。
どうせ裏の話やねんから前フリなんかいらんもんねぇ。

英雄イベント直後、ビクトールと再会したグレミオです。
「へへへ、身体は正直だぜ」という台詞をビクトールに言わせてみたかったのと、
ビクトールには結構強気なグレミオを書きたかったんすけどね。


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