ま ち ぶ せ 3

 翌日からメルは、ルヴァとリュミエールから頼まれたおまじないに精を出したため、数日後、お子様4人の相性は、どれをとっても100となった。それを二人に報告したメルは、ルヴァからごほうびにとおまんじゅうをもらって、ご機嫌だった。リュミエールが再び占いの館を訪れたのは、その翌日のことだった。

「こんにちは、リュミエール様」

「こんにちは、メル。申し訳ありませんが、占いをお願いできますか」

「はい。誰を占うんですか」

「そう、まずは歳若い方々を、それからヴィクトールを」

さっそくメルは水晶球に意識を集中し、指定された人々の相性と親密度を伝えた。その時点でティムカとマルセル、ゼフェル、ランディの相性は全員、最高の値を示していた。親密度もそれぞれ150前後と、なかなかのものである。これならば、心配する必要はないだろうと、リュミエールはほくそえんだ。さて、肝心のヴィクトールの占いはというと、仲が悪いのはジュリアスで仲が良いのはティムカと出ている。先程見たティムカの占いでは、彼と現在、最も仲が良いのはマルセルとなっていた。ティムカの関心は既にマルセルに向いているというのに、この方はそれほどまでにティムカに心を寄せているのかと、リュミエールは少々苛立ちながら、善後策に思案をめぐらせていた。そんなリュミエールの様子を心配したメルが、彼に声をかけた。

「リュミエール様。どうかしたんですか」

リュミエールは心配そうに彼を見つめているメルに、少々大げさかと思えるほど大きなため息をついて答えた。

「ヴィクトールとティムカとの親密度が下がっているでしょう。私がティムカのために善かれと考えてしとことは、ヴィクトールにとっては迷惑なことだったのかも知れないと……。ああ、私はなんてひどいことをしてしまったのでしょう。ヴィクトールに申し訳なくて、もうお会いすることもできません」

いつも穏やかでやさしい水の守護聖の嘆く姿を見た占いの館の主は、大きな瞳をうるませてリュミエールの手を握り締めた。

「リュミエール様は悪くありません。だって、だって、皆さんのことを心配しておまじないをなさったんでしょう。ルヴァ様だって良いことだっておっしゃってたじゃありませんか。ヴィクトールさんとティムカさんの親密度が下がっちゃったなら、ヴィクトールさんと誰かの相性を100にしてしまえばいいんです」

「ヴィクトールとの相性を……?」

「そうです。そうしたらきっとその方との親密度も上がるから、ヴィクトールさんだって寂しくないと思うの」

リュミエールは視線を足元に落とし、しばしの沈黙の後、メルに言った。

「では、ヴィクトールと私の相性を上げてくださいますか。私はヴィクトールにひどいことをしてしまいました。その償いをしたいのです」

 リュミエールの真摯な態度に感動したメルは、今夜中に二人の相性が100になる、特別なおまじないをすると約束してくれた。

◇◇◇

「本当に、純粋な方ですね、メルは」

リュミエールはクスクスと優美な笑みをこぼしながら、学芸館へ向かった。学芸館の玄関が間もなく見えてこようとした時、背後から弾むような声が彼にかけられた。

「こんにちは、リュミエール様。あはっ、学芸館に何かご用ですか」

「ええ、まあ。あなたは今日は、マルセルたちとご一緒ではないのですか」

「最近マルセル様たちと出かけることが多くて、ヴィクトール様とお話しする機会が少なくなっていたんです。ですから、今日はヴィクトール様と庭園までご一緒していただこうと思って」

「それは、楽しそうですね。

 ティムカ、私のお話しを聞いてくださいますか。ヴィクトールのように様々な経験をしてきた方とお話しするのは、あなたにとって貴重な体験になるでしょうけれど、あなたはまだ少年の季節の中にいるだけに、彼から受ける影響は予想以上に大きなものとなるでしょう。知らず知らずのうちに、ヴィクトールの考え方や生き方を真似てしまうかも知れない。私は、それが心配なのです」

「僕がヴィクトールさんと仲良くするのは好ましくないと、お考えなのですか」

「違うのです、ティムカ。私はヴィクトールもあなたのこともとても好きですよ。だからお二人が仲睦まじくしていると、私まで嬉しくなってしまいます。でもあまり年長の者の側近くいると、あなたの少年らしさが損なわれはしないかと、心配なのです。

 人はいつか大人になるものです。だからこそ短い、少年の時代を大切にしていただきたいと思うのです。私たち年長者はいつでもあなたたちの側にあり、迷った時、困った時には手を差し伸べましょう。でも、それまで、マルセルやゼフェル、ランディたちと充実した時間を過ごしていただきたいのです。歳の近い仲間と過ごせる時間は一瞬とも言えるほど短く、年齢を重ねるほどに美しい思い出となって、胸の中に蘇るものです。そんな素晴しい記憶を、あなただけでなく他の3人にも持っていただきたいのです。守護聖の任に就いてから、彼らは同じ年頃の友人は彼ら自身以外にありません。だからこそ、あなたに歳若い守護聖たちと仲良くしていただけたらと……」

「リュミエール様」

「申し訳ありません。あなたに変なお願いをしてしまいました。今の言葉は忘れてください」

「リュミエール様は本当におやさしい方なんですね。僕のことさえも、いつも気にかけていてくださるなんて。ヴィクトールさんは何だか父のようで、僕つい甘えてしまうんです。しっかりしなくてはいけないとは思うんですが、ヴィクトールさんの側は居心地がいいので……。それじゃいけないんですよね。僕自身のためにも、マルセル様たちとできるだけ一緒に過ごすことにします」

「私のお話をわかってくださったのですね。ありがとうございます」

「お礼を言うのは、僕のほうです。あ……」

「どうかしたのですか、ティムカ」

「リュミエール様、一つだけお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「私にできることなら、何でもおっしゃってください」

「マルセル様たちと過ごす時間が多くなると、ヴィクトールさんが寂しい思いをするのではないかと思ったんです。ですからリュミエール様がヴィクトールさんを誘ってくださると、とても嬉しいのですが」

「私はかまいませんよ。そう、ここは学芸館にも近いことですし、さっそくうかがってみましょうか」

「本当ですか。ありがとうございます。それじゃ、僕はみんなの所に行きますね」

「ええ、気をつけて行ってらっしゃい」

 「ティムカもメルも、素直な良い子で嬉しくなりますね」

 ティムカの後ろ姿を見送るリュミエールの顔には、ひとりでにあでやかな微笑みが浮かぶ。

「これで私とヴィクトールの間の障害は、なくなったも同然ですね。本当に皆さんのお陰です」

 ヴィクトールと会うことが少なくなったのをいぶかしんだリュミエールが先日、占いの館を訪れたのは彼との相性を上げようと考えてのことだった。しかし特別な理由もなく相性上げを依頼したりしたら、メルに変に思われるのではないか。それを誰かに知られヴィクトールの耳にでも入ったら、彼はリュミエールから遠ざかってしまうかも知れない。そう思うとおまじないを頼むのもためらわれる。何か理由を見つけなければと思い、まず占いを依頼したのである。リュミエールの推察通り、ティムカとヴィクトールの相性は86、親密度は130を超えていた。相性の値はリュミエールとヴィクトールの方が勝っていたので、彼らが会う機会を少なくするようにしさえすれば、ヴィクトールとの静かな時間を取り戻すことができる。それにはティムカと誰かの相性を最大限まで引き上げ、その二人がよく会うように仕向ければいい。そこでリュミエールは年齢が近いため、普段からティムカと行動を共にすることの多い年少の3人の守護聖たちとの相性を上げることに決めた。そう、彼らたちならば自分から相性上げを言い出しても不自然ではない。むしろ歳若い後輩たちを気遣う行動は、周囲から好意を持たれこそすれ、疑われるようなことはないだろう。リュミエールが計画を実行に移そうとした時、ルヴァが占いの館に現われたのだった。

「本当にルヴァ様は、良いところに来てくださいました。ルヴァ様のお陰で、こんなにも早く結果を得ることができましたものね」

 自らの手を下すことなく、自分の思い通りに事態が運んだ。そればかりか今度のことに関わった者全員が好意的な解釈をし、予想以上の効果を上げたので、リュミエールは実に満足だった。今日の午後、ルヴァの執務室を訪れた時、年少の守護聖たちとティムカは最近、急速にお互いの親密度を上げていることを聞いた。

「あー、そう言えばヴィクトールが、最近ティムカがゼフェルやマルセルたちとしょっちゅう遊んでいるので、少しばかり時間を持て余しているようなことを言っていましたよ。あの人もティムカが自分とばかり話していては良くないと考えていたようで、彼らが仲良くするようにティムカに話してはいたようです。でもいざ、そうなると少々寂しいのかも知れませんねー」

「そうですか。ティムカやゼフェルたちには良いことであったとしても、ヴィクトールには申し訳ないことをしたのかもしれませんね」

「あー、そうですねー。リュミエール、あなたは私たちの中でもヴィクトールと親しくしていたようですから、お茶にでも誘ってみてはいかがですか。きっと喜ばれると思いますよー」

「そうですね」

リュミエールは穏やかな微笑みを浮かべ、社交儀礼のつもりで地の守護聖を誘った。もちろん、そんな考えは微塵も感じさせない口調で。

「ご一緒したいのはやまやまなのですが、実はジュリアスから頼まれていた調べものがあるので、また今度ということで……。あ、そうそう、いいお茶うけがありますから、お二人で召し上がってください」

と、ルヴァはリュミエールに菓子の入った箱を渡した。丁寧な礼を言いながら包みを受け取ったリュミエールは、心の中で安堵のため息をついた。ここでルヴァに同行されては、計画が台なしになってしまう。万が一のために断わりの言葉を考えていたが、それを使わずに済んだのは彼にとって喜ばしいことだった。ルヴァの部屋を後にしたリュミエールは、さっそく学芸館に向かった。そしてティムカに偶然出会ったのだった。

◇◇◇

 数日ぶりに訪れる精神の教官の部屋は、懐かしい印象をリュミエールに与えた。扉をノックして中に入ると、ヴィクトールが笑顔で迎えてくれた。リュミエールはルヴァから、最近ティムカがマルセルたちと親しくしていること、そのためヴィクトールが一人でいることが多くなったようだと聞かされ、心配になって来てみたのだと、部屋の主に訪問の理由を告げた。

「ティムカは生真面目な性格ですから、どうも緊張が過ぎていましてね。そんな様子が気になってあれこれと世話を焼いていたのですが、年の近い守護聖の方々がいらっしゃるのだから、仲良くしてはどうかと考えてはいたんです。最近は聖地の生活にすっかり慣れたようで、他の方たちとも少しずつ親しくしていただいているようで、俺も安心ですよ」

「そうなのですか。でもヴィクトール、かわいがっていたティムカがあなたの手を離れ、寂しい思いをされているのではありませんか。私にも年の離れた妹がいたのです。彼女がほんの小さい頃、いつも私の後ろをついてきていたのに、だんだんと友人と一緒にいる方が楽しくなったのでしょうね。大きくなるにつれ、以前のように私の側にいることは少なくなりました。それは妹が成長している証ですから、私は妹が健やかに成長していることを嬉しく思いました。けれど、ほんの少し寂しかったのも事実なのです」

「リュミエール様……」

 ヴィクトールは目を細めてリュミエールを見つめた。水の守護聖は穏やかな微笑みを彼にむけている。ヴィクトールはリュミエールの司るサクリアの力が心に満ちてくるのを感じた。守護聖の持つサクリアは、宇宙に向けて発動されるものなので、彼に直接水のサクリア送られることはない。だからこれはサクリアではなく、リュミエール自身のやさしさなのだ。彼は自分を気にかけてわざわざ来てくれたのだ。ヴィクトールは彼に示されたリュミエールのまごころに触れ、ティムカがその手を離れたことで感じた寂しさが癒されていくのを感じた。

「あ、申し訳ありません。お茶もお出ししていなっかた。コーヒーしかありませんが、よろしいですか」

ヴィクトールは一瞬、照れ臭そうな表情をしてから、それを隠すかのように快活な口調でリュミエールに話しかけた。

「ええ、あなたが煎れてくださるのでしから、喜んでごちそうになります。あ、ルヴァ様があなたにと、お菓子をくださったのですよ」

「そうですか、ルヴァ様が……。明日にでもお礼を申し上げなくていけませんな。こんなにたくさんは一人では食べ切れませんから、リュミエール様もご一緒してくださると嬉しいのですが」

「ではティムカの分を先に残しておいて、二人でいただきましょう」

 それからリュミエールは、庭園や王立研究館、そして占いの館に頻繁に顔を出すようになった。そして時には学芸館の近くにある図書館に足を向けることもある。そして赤錆色の髪を持つ人物の姿を見とめると、たおやかな笑顔で挨拶をした。二人は大抵、その場で立ち話をして分かれるのだが、そんな風に聖地のどこかで出会った翌日には、必ずと言っていいほど、ヴィクトールがリュミエールの部屋を訪れるのだった。リュミエールからヴィクトールを誘うことは殆どなかった。そう、彼がヴィクトールに会いたいと思った時は、偶然を装った出会いを作りさえすれば充分だった。そうすればヴィクトールはリュミエールの執務室を尋ねてくるのだから。

 リュミエールはヴィクトールがよく顔を出す所で待つだけで充分だった。最高の値を示している相性を下げることはできない。だから積極的なアプローチに出る必要はない。挨拶を交すだけでじわじわと、しかし確実に親密度は上昇する。そしてリュミエールはいながらにしてヴィクトールをその手に入れることができる。

 「何を笑ってらっしゃるのですか、リュミエール様」

ヴィクトールの問いかけにリュミエールは艶然とした笑顔を浮かべながら答えた。

「いえ、何も……。ところでヴィクトール、私のことを『様』をつけて呼ぶのはやめていただけませんか」

「しかし、それでは守護聖の方への不敬に当たってしまいますので……」

「私たちは女王試験を通じてお知り合いになりましたが、できれば職務を離れた時も、良い友人ありたいと考えているのです。あなたの大勢いらっしゃる友人の一人に、私を加えてもいいと思ってくださるならば……」

「……リュミエール……」

数秒の沈黙の後、耳まで朱に染めたヴィクトールは、照れ臭そうにリュミエールの望む言葉を口に出した。

「ありがとうございます、ヴィクトール。お茶のおかわりはいかがですか」

 


何も考えず、全ての人に優しくなるために画策するリュミエールを書いてみたら、
色々な方から「この二人は、絶対にあやしい」と言われました(笑)。
そんなつもりはなかってんけどなぁ。


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