華麗なる酒宴2


 オリヴィエとチャーリーが、白き翼を戴く女王を支える双璧をなす守護聖二人の醜態を肴に、もはや味さえもわからなくなりつつある酒で唇を潤していると、執事が舘の主にそっと耳打ちした。

「え、ユーイ、来てんの? 何やろ?」

「何でも、先日のお礼をお届けにと……」

「ああ、ああ、アレのことね」

「どちらにお通し致しましょうか」

 執事は失礼にならない所作で酔態を晒す二人の守護聖に視線を流し、チャーリーは思案顔を浮かべた。さすがにこれを、年端もいかない風の守護聖・ユーイに見せるのはまずい。彼自身の教育や躾に悪影響を及ぼすだけでなく、仲間に余計な恥をかかせてしまう。一瞬の逡巡の後、チャーリーは別室でユーイを迎えると答えるのとほぼ同時に、困惑顔の別の使用人と共に風の守護聖が顔を出した。

「よう、チャーリー。この間のお礼を持ってきたぞ……って、何なんだ、これ」

 部屋に入るなり、ユーイは顔を顰める。

「“これ”扱いしやがった〜〜!!」

と、レオナードがオイオイと泣きながら、ユーイの足に縋る。

「うわ、何するんだ! 離せよ、重いんだよ、あと、酒臭せー息で、俺に話しかけるな、この酔っぱらい!」

「ユーイ、仮にも首座の守護聖を酔っぱらい扱いはないでしょう。レオナードはこれでも、光の守護聖なんですよ、どういう訳か。気品も威厳も知性もありませんが、一応、守護聖の筆頭なのですから、あなたも取り敢えず、敬意を払う素振りくらいはすべきだと思います……ええ、例えそれが形だけのものであっても……」

「ああ? フランシス、お前もな、腐った魚みたいな目で、俺に説教してんじゃねーよ……て、そこで笑ってないで、こいつら、どうにかしてくれよ、チャーリー。オリヴィエ様も!」

「挫折と障害を乗り越えてこそ青春! ガンバレ、少年、アタシたちはこっちで、応援なんかしちゃうからさ★」

「若いうちの苦労は、買うてでもせぇて言うやろ? 何事も経験やで」

「お前ら……!!」

 高みの見物を決め込む二人の守護聖を目の端で睨みながら、ユーイは右足に絡みつくレオナードを左足で引き剥がし、格好の説教相手を逃すまいとして肩を押さえようとするフランシスの手を払いのけるのだが、自分よりも遙に大柄な人間が相手となると簡単にはいかない。それでも必死の思いでユーイが殆ど羽交い締めの状態から脱した時、状況を楽しむことにかけては右に出る者などいない守護聖が二人、笑いながらガッツポーズを決め、彼の奮闘を讃えていた。

「何だよ、彼奴ら」

「絡み酒と泣き上戸。かわいいもんじゃないか」

「かわいい?! アレのどこが? その目は節穴かよ!」

アテにならない大人達めと言いながら、ユーイは素早い動作で酒の瓶を一本手に取ると、

「よし、わかった。お前らと飲んでやるぞ! さぁ、飲め!!」と、

グダグダになった二人の大男に酒瓶を突き出す。すっかり出来上がった光と闇の守護聖は大喜びでグラスを差し出し、ユーイは眼前で待ち受けるグラスになみなみと琥珀色の液体を注ぐ。そして自分用にと、その辺にあったグラスに酒を注ぎ、“乾杯!”と言って、レオナードと腕を交差させてグラスを干す。間髪を入れずに二杯目の酒を注ぐと今度はフランシスと腕を交差して、一気にグラスを満たす酒を飲み干していく。

 妙に手慣れた様子の、ユーイの酔っぱらいの扱いを眺めていたチャーリーが、誰ともなく呟いた。

「ユーイ……あいつ、ガキのクセにザル?」

「カワイイ顔して堂に入った飲みっぷりというか。アレ、相当キツイと思うんだけど……私の勘違いだったらいいんだけどサ」

「それ……勘違いとちゃうと思いますけど……俺も、ちょっと……薄々っちゅーか……」

「良い酒なんだよね……ゆっくり、舐めるようにして飲むとさ、こう、じんわりくるって感じで……」

「ナッツとかビターチョコが合いますよねぇ」

「フルーツもね、なかなか良いんだ……チョコフォンデュはどうかな? 次があれば……だけど」

「次が……って、オリヴィエ様……止めんでエエんですか……」

チャーリーが恐縮しながら窺うと、

「私はパス」

と、神鳥の宇宙きっての麗人は満面に華やかな微笑みを浮かべた。

「あの坊やのお手並み拝見、ってね」

 もしもの時は介抱すればいいんだとオリヴィエが行った時、無粋な振動に寄木細工の床が揺れた。見れば、ついさっきまで乾杯を繰り返していた三人は、床に折り重なるように横たわり、レオナードのものと知れる大きな鼾が、室内に響いている。チャーリーとオリヴィエが声を駆け寄ると、大男の下敷きになったらしいユーイの腕が、助けを求めるように宙を掻く。

「おい、ユーイ。大丈夫か? 自分」

「ああ、俺は平気だ。チャーリー、こいつら、どけてくれよ。重くてしょうがない」

「って、ユーイ。無事なのかい? あんたさ」

「ああ、俺は大丈夫だ。心配してくれてありがとう、オリヴィエ様」

四肢累々といった風情の光と闇の守護聖を掻き分け、立ち上がったユーイの足下は僅かな揺らぎはなかったが、頬にはしっかりとアルコールによる赤みが差している。

「こいつら、漁師にはなれねぇな」

情けない、と、ユーイが溜息混じりに呟いた。

「なぁ、ユーイ。酒が強ないと、漁師は務まらへんの?」

「波と酒と女に飲まれる男は、海では生き残れないって、じいちゃんが言ってた。俺も父さんも、じいちゃんから酒の飲み方を教わったんだ。酒と波に飲まれない自信は、あるんだぜ?」

「ちょっと、お待ち! あんた、未成年だろう。酒なんか、早すぎるんじゃないかい?」

「船乗りと漁師は別なんだ。真冬に、北の海で漁をする時は、きつい酒で口の中を濡らし濡らしじゃないと、あっというまに人の氷漬けになっちまうからな」

だから、漁師になると決めた時から、波の上での酒の作法を習ったのだとユーイが笑う。

「ところで、あの酒はいいな。守護聖をやめて漁師に戻った時には、いっぱい持って帰りたい。あれだけキツイ酒なら、一番北の漁場でも、寒い思いをせずに働けそうだ。なぁ、オリヴィエ様、チャーリー。あれ、どこで売ってるんだ?」

「あれはね、ユーイ。神鳥の宇宙の守護聖への捧げもので、味も香りも極上の、ちょっとやそっとじゃ手に入らないものなんだけどさ。て、いうか、あんた、味わってないね? これっぽっちも!!」

「そうなのか?」

と、驚いたユーイがオリヴィエを見た。

「そうやねん、ユーイ。これはな、とある惑星の人らが緑の守護聖のために造った、特別な酒なんやで」

「そんなに大事なものとは知らなかったから……悪かったな。強い酒かどうかはわかるんだが、味はわからないんだ、俺は。第一、船の上じゃ、味わってる暇なんかないからな。酒が足りない時は、エタノールだって使うくらいだ」

「エタ……って、それは消毒用アルコールやろう? 飲むもんちゃうって」

「だから、足りない時の間に合わせに、ちょっとだけ……」

「やめな、チャーリー。このガキんちょには、何を言っても無駄だよ。あんたさ、レオナードとフランシスが酔いつぶれたこととか、酒癖がみっともないとか、他の人に言うんじゃないよ。いいね?」

「それから、ヴィクトールとエルンストにも言うたらアカンで? もし、どっちか一人にでも知られたら、絶対に二人がかりで正座で説教2時間コースは堅いっちゅーか、俺らもまとめて怒られるの、決定や」

 いつになく真剣に、言い含めるように話すオリヴィエとチャーリーを交互に見遣りながら、ユーイは力強く頷いた。

「わかってるさ、そんなこと。あんな情けないのが仲間だって知られるのは、俺だって思いっきり恥ずかしいからな」

 明朗快活を絵に描いたようなユーイの笑顔に、海千山千の筈の二人の守護聖は、思いっきり脱力したのである。

◇◇◇

 そして、翌日。

 レオナードとフランシスはチャーリーの邸で目覚めたものの、ひどい二日酔いのため、昼を過ぎてもベッドから起き上がることもできなかった。

 チャーリーとオリヴィエは夜更けまで、結局ユーイと三人で杯を交わした。

 明日はティムカとメルと一緒に、セレスティアまで遊びに行く約束だからと、チャーリーの邸から走って帰ろうとするユーイを、半ば無理矢理馬車に乗り込ませた二人は、翌日の昼頃まで自堕落な一時を過ごしたのであった。


エトワールの新メンバーのレオナード、フランシス、ユーイについて、
極めて個人的な見解を書かせていただきました(笑)。
レオナードは泣き上戸、フランシスは絡み酒、ユーイだけはザル、
というか、漁師らしく滅法酒に強いと嬉しいです。
聖獣の守護聖で一番の酒豪だったりすると、非常に嬉しいです、私が。


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