受 難  3


 ジュリアスとクラヴィスの発症から数日後、二人の発疹はまさにピークを迎えようとしていた。ジュリアスの左瞼にできた発疹は、顔の中で最も大きくあれ上がり、その結果左目の瞼が全く上がらない状況になってしまっていた。足の裏にまで発疹が出ているジュリアスの顔は発疹と体内からの発熱のせいなのか、真っ赤に火照ってしまっている。意識ははっきりしているものの、発熱による体力の消耗により髄膜炎や肺炎などの感染症が懸念された。一方クラヴィスの発疹も全身にわたり生じていたが、それは一定の部分に集中していた。

「ねー、ルヴァ。同じ病気なのにサ、何でブツブツの出方がこんなに違うのサ」

「あー、クラヴィスの発疹は帯状発疹と言いまして、子供の頃に発症はしなかったものの、一度水疱瘡のウィルスに感染している人に特徴的な症状なんですよ。体内に残っていたウィルスが今回の感染と発症に刺激され、活動を再開したんです。かつて感染したウィルスが存在する場所に、特に集中して発疹が生じるんです」

「ふーん、いろいろあるんだね」

「ええ。一般に水疱瘡は大人になってからのほうが症状が重くなるものですが、それは抵抗力や体力によって大きく左右されるものなんです。子供であっても目が離せない症状に陥ることも少なくないんですよー」

「へー。それにしても二人ともよく眠ってるねー。いつもこれっくらい静かで、かわいげがあったら、アンタの苦労も少なくなるだろうにねー」

「ははは……。でもね、ジュリアスとクラヴィスは一見仲が悪いように見えますが、恐らく心の深い部分でお互いを理解しているのではないかと、私は思うんですよ」

「そうだね。じゃないと、何十年もケンカ友だちの関係も続きやしないかもねン」

 ルヴァはジュリアスとクラヴィスの看病と日常の執務に並行して、二人の守護聖が水疱瘡に感染したルートの調査に当たっていた。疫病などとは異なる、人類が生存する惑星に普遍的に存在するウィルスだけに、感染経路を辿るのには骨が折れたが、ようやくその調査も終わろうとしていたが、ただ一人、その結果を知るルヴァは、この事実をジュリアスとクラヴィスに伝えるべきか否か迷っていた。しかしジュリアスはルヴァが調査結果の報告をしないのであれば、完治後、自ら調査を行うと言い張った。一方クラヴィスは感染経路には全く興味を示さない。それがわかったところで、何も打つ手がないということ、そして特に注意が必要な疫病ではないというのが、その理由らしい。

「ルヴァ、そなた何故、それ程までに調査結果を話すことを恐れているのだ」

厳しい口調で延々と続くジュリアスの追求に根を上げたルヴァが、ようやく閉ざしていた口を開いた。

「あー、水疱瘡という病気は感染から発症までの潜伏期間がおよそ2週間あります。それから逆算して外界から聖地に来た者、そして聖地から外界に出かけて戻った者の記録を調べましてですね……そのー、ウィルスを持ち込んだと思われる人物を数名特定することには成功したんです。更に調査を進めまして……私たち守護聖と最も接する機会の多い者、親しい人に水疱瘡に罹った人がいるかなどを調べましてですね……」

「ルヴァ、はっきりと言え!!何故、聖地にこのような病気を持ち込んだ者を庇いだてするのだ!!」

激怒するジュリアスを慌てて諌めながら、ルヴァが言った。

「あ〜あ、ジュリアス、落ち着いてください〜。わかりました。全てお話ししますから〜」

ルヴァは諦めの大きな溜息を一つつくと、ポツリポツリと話し始めた。

「実は……ですね。該当者は二人いて、二人とも守護聖なんです」

「それは誰だ」

「オスカーとゼフェルです。あなた方が感染したと思われる頃、オスカーは……その……聖地をこっそり抜け出してですね、外界に遊びに出かけたようなんです。ゼフェルはその二日後に、ジュリアス、あなたが事後処理に当たっていた惑星の調査に出かけています。諜報部員に二人だけではなく、他の該当者の行動の追跡調査を依頼したんですが……どうやら疑わしいのはオスカーとゼフェルではないかと……」

ジュリアスの怒りは臨界点を突破したが、彼は自慢の理性を総動員してどうにか怒りの爆発を留めた。クラヴィスはことの顛末を全て聞いたものの、やはり全く興味がないようである。

◇◇◇

 ルヴァの調査報告の二日後、ジュリアスとクラヴィスの二人は晴れて病室を後にした。クラヴィスは水疱瘡に罹る前と寝込んでいた時と寸分違わぬ生活を再開した。そしてジュリアスはオスカーを執務室に呼び、無断で外界に遊びに出たこと、それが原因で病気がある筈のない聖地で、あろうことか守護聖が水疱瘡にかかってしまった件について、彼を執拗に追求していた。ジュリアスの怒号が響く宮殿は、再び活気を取り戻したのであった。

◇◇◇

 同じ頃、テラスでお茶会を開いているのはルヴァとオリヴィエ、そしてランディとマルセル、ゼフェルの5人である。

「まったく、退院したとたん、ジュリアスってば説教し始めるんだから、やってらんないよね〜」

「あー、しかしですね、そのほうがジュリアスらしいと思いませんか?オリヴィエ」

「まーね」

「あんまり、うるせーことをほざくようだったらよー、誰かが仕事にかこつけておたふく風邪でも麻疹でも、風疹でもいいからバイ菌をもらってきたらいいと思うぜ。そんでジュリアスの野郎に移しちまえば、しばらくは気楽にできるもんな」

「あ〜、ゼフェル〜。あなたは何てことを言うんですか〜」

「ゼフェルってば、ひどいこと言うんだね」

「そうだぞ、ゼフェル。他の人に移ったら大変じゃないか」

おたふく風邪や麻疹、風疹について誰もそれ以上の発言はしなかった。しかし、全員が共犯者的な気持ちを共有したのもまた、疑いようのない真実である。


実はこの作品を書く前、司書はエエ年をして水疱瘡に罹りました。
なんか悔しいので、医者で簡単な取材をして、元を取ることにしました。
ジュリアスの生胸が、妙に色っぽくてステキでしょう?


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