聖者たちの晩餐 3


 守護聖全員による非公式の会合が開かれた日から三日後の日の曜日、ヴィクトールはジュリアスの、セイランはオスカーの、そしてティムカはマルセルの私邸に招かれた。ヴィクトールは首座の守護聖であるジュリアスから十代の教官二人をまとめ、女王候補の資質の向上に貢献した功績をねぎらいたいとの連絡を受け、セイランはお互いに憎まれ口を叩き合う間柄だった炎の守護聖に招かれ、ティムカは守護聖の中で最も親しかったマルセルとランディが開く茶会に招待されたのであった。

「何だか妙だな」

ヴィクトールが誰にともなくつぶやいた。

「何がですか? ヴィクトールさん」

ティムカが人なつっこい黒い瞳を、赤錆色の髪の年長者に向けた。

「いや、今日は俺たちが聖地で過ごす最後の休日だろう。だから送別会のようなものが開かれるのはわかるんだが、一人一人が別々に招かれるというのがな、どうも腑に落ちないんだ」

それを聞いたセイランがクックッと笑いながら言った。

「あれだけ個性の強い守護聖様が一同に会したら、一波乱も二波乱も起きるのは目に見えているじゃないか。それを防ぐための、あの方々なりの配慮だと、僕は考えるね」

「その毒舌で騒ぎを起こすのはセイラン、お前だろう」

「失敬だな。僕は常に自分の価値観に基づいて、正直に生きているだけさ。権威にすがって生きている人間と食卓を囲むくらいなら、アトリエでパンとチーズだけの食事をするほうが、僕にとって価値があるように思えるだけだよ」

「僕もマルセル様やランディ様と、最後にゆっくりとお話しできるのは嬉しいんですけど……。ヴィクトールさんは、何がそんなに気になるんですか」

「明確な根拠があるわけではないんだ。ただ……軍人としての俺のカンが騒ぎだすのを抑えることができなくてな……」

足下に視線を落として思考をめぐらせているヴィクトールを安心させるために、ティムカは努めて明るく言った。

「大丈夫ですよ、ヴィクトールさん。女王陛下や守護聖様がいらっしゃる聖地で、危険なことが起きるはずないじゃありませんか」

「僕もティムカの言うとおりだと思うよ。宇宙にその名を轟かせた将軍様は、心配性が過ぎるようだけどね」

天の邪鬼なセイランまでもが自分を気遣ってくれるのが、ヴィクトールは嬉しかった。

「そうだな。聖地では余計な心配は無用だった。すっかり忘れていたよ」

ヴィクトールと、彼を気遣う二人の教官は十数分雑談を交わした後、それぞれが招待された守護聖の私邸へと向かった。

◇◇◇

 ジュリアスの私邸では、ヴィクトールが料理に混ぜられた薬で眠らされていた。意識と身体の自由を奪われたヴィクトールは、別室に控えていたゼフェルとルヴァの餌食となった後、ジュリアスの毒牙にかかっていたのである。

「ゼフェル、もういいんですか〜」

「ああ、俺はもう満腹だぜ。ジュリアス、あんた、あんまし食ってねーじゃねーか」

「いや、私はもうよい。ルヴァ、そなた人の心配をしている場合ではなかろう。前回、充分にエナジーを得られなかったそなたが、最も多くのエナジーを吸収するべきだ」

「それではお言葉に甘えて、もう少しいただきましょうかね〜」

そう言うとルヴァは、再びヴィクトールの心臓の付近に手のひらをかざし、その魂の輝きを我がものとした。

◇◇◇

 「あ〜あ、僕もう、お腹いっぱい」

「俺もだよ。マルセル」

二人の満足そうな表情を見たクラヴィスはティムカの幼い胸に手をかざし、彼の精気を取り込んでいた。

「この少年は……実に良い資質の持ち主だな……」

恍惚の表情を浮かべた闇の守護聖の言葉に、幼い少年守護聖は微笑みで賛同の意を表した。

「クラヴィス様、たくさんもらってくださいね」

マルセルの言葉に苦笑を浮かべ、クラヴィスは答えた。

「そうもいくまい。この少年は熱帯惑星の次期後継者。ティムカに何かあったら、本国が黙ってはいまい」

「そう言えば、戻ったらすぐに国王に即位するんだって、言ってました」

ランディが言った。

「即位して最低10年は生きながらえる程度のものは残しておかねばなるまい。それだけの歳月があれば、子をなすことも可能だからな」

◇◇◇

 「嫌がっていた割には満足そうだな、リュミエール」

からかうようなオスカーの言葉に、リュミエールは嫣然と微笑んだ。

「ええ。想像していたよりも甘美な魂でした。本当に、忘れらなくなりそうなくらい……」

ふふふ、と笑うリュミエールの隣では、オリヴィエがセイランの胸に手をかざしている。

「ホントに、セイランの魂は極上だよ。質も量も、それから美しさもネ」

「おい、オリヴィエ。俺の分も残しとけよ」

「わーかってるって」

「セイランは天涯孤独の身の上だそうですから、たとえ外界に戻らなかったとしても、彼を捜す人はいないはずですよ」

リュミエールの言葉を聞いたオスカーとオリヴィエは顔を見合わせてニヤリと笑った。

「なら、安心だな」

「ホーント。ほら、オスカー。次はアンタの番よ」

セイランの胸に手をかざしているオスカーは、その魂を全身で味わおうとするかのように目を閉じている。その様子を眺めていたリュミエールが言った。

「オスカー、あまり欲張らないでくださいね。私も、もう少し、彼の魂を味わいたいのですから」

◇◇◇

 翌日、ヴィクトールはジュリアスの、ティムカはマルセルの私邸の客間で目覚めた。ジュリアスの説明によると、ヴィクトールは勧められたワインに酔い、そのまま眠ってしまったらしい。ティムカははしゃぎすぎたために、疲れて眠り込んだとの説明を受けた。出された食事や飲み物に薬を盛られたものの、自分たちの身に何があったか全く覚えていなかったため、軍人のヴィクトールでさえ不覚にも眠ってしまったことに何の疑いも抱かなかった。二人が学芸館に戻った時、セイランはまだ帰っていなかった。ヴィクトールは過ぎたアルコールのために、ティムカははしゃぎすぎたせいでかなり疲れていたため、その日は宵の口に眠りについたのだが、翌朝になってもセイランは朝食の席に姿を現さない。夕食の時間になっても戻らないセイランを心配したヴィクトールは、次の日、オスカーの執務室を訪ねた。

「セイラン? さあな、夕食を一緒に食った後、少しワインを飲んだんだが……。学芸館に戻ったんじゃないのか?」

「いえ、全然姿を見せないんです。何の連絡もありませんし……。オスカー様のお宅へうかがったのを最後に、消息が掴めないのです」

「それは心配だな。俺も探しておこう」

「よろしくお願いします」

 翌日、ヴィクトールのもとに届いたオスカーからの報告によると、セイランは日の曜日の夜遅く、聖地の門をくぐったとのことだった。その報告を聞いたヴィクトールとティムカは、セイランの不可解な行動を多少訝しがりながらも、聖地の警護の責任者でもあるオスカーの調査を全面的に信用するしかなかった。

◇◇◇

 それから二日後の金の曜日、ヴィクトールとティムカは共に、聖地の門をくぐって外界へ戻ることになった。

「セイランさん、どうして急にいなくなったんでしょうね」

「さあな。芸術家先生の考えることは、俺たち凡人には想像もできん」

「きっと、新しい宇宙をイメージした何かを作るために、急いで戻ったんだと思います。作品は絵でしょうか。それとも詩、もしかしたら壮大な交響曲かもしれません。アハッ、何だか楽しみですね」

「そうだな。どんな形の芸術になっても、人の心を感動させるものになるに違いないと、俺も思うぞ」

 精神の教官と品性の教官は、近い将来発表される稀代の芸術家セイランの新作に思いを馳せたが、二人が女王試験の協力者として共に二人の女王候補に教鞭を執った感性の教官の消息を掴むことは、それきりできなかった。


最初は例によって、おバカなギャグストーリーだったんですが、
書き進むうちにエライことになってきて、軌道修正もできなくなりました。
守護聖と女王のサクリアがテーマだったんですが、どこで何を間違ったんだか……。
まぁ、守護聖自体が得体の知れない人らやから、しゃーないんですけどね。


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