続・荒療治 2


 翌日、チャーリーは再び、闇の守護聖の邸を訪れた。彼の手には小ぶりのバスケットが携えられており、その中には10倍に薄めたバッテリー液を詰めた牛乳瓶が3本入れられていた。

「えーっと、中身が中身だけにですね、どっか、風呂場とか外とか……あ、草にかかったら枯れてまうから、問題のない場所がええんですけど……」

「こちらへ……」

クラヴィスは中庭の池の畔にチャーリーと共に立った。

「この中に流せばよいだろう」

「せやけど、池の中の魚、死んでしもたら、どないしますねん」

「そのようなものは、おらぬ。藻が増えすぎているので、ちょうど良いだろう」

「そうでっか。ほんなら、クラヴィス様。椅子に座って足を池の上に出してください。だいぶ滲みると思いますけど、我慢してくださいよ」

クラヴィスは固く目を閉じ、それを見たチャーリーが10倍に希釈したバッテリー液をかけようとした時、悲痛な声がした。

「やめてください!! あなたは……あなたはクラヴィス様に何をしようとなさっているのですか」

二人が声のほうに顔を向けると、水の守護聖・リュミエールが顔色を失って立ちすくんでいた。リュミエールはチャーリーの手から牛乳瓶を奪うと、キッと彼をにらみつけた。

「クラヴィス様の苦しげなお顔が、あなたにはおわかりにならないのですか」

普段、穏やかで優しげなリュミエールからは考えられないような剣幕に、チャーリーは驚き、慌てて事態の説明を行うのだが、混乱した水の守護聖は耳を貸そうとしなかった。その様子を見たクラヴィスが口を開いた。

「リュミエール……この者の言葉は本当だ。私が頼んだのだ……」

クラヴィスの言葉にリュミエールは愕然とした。

「そんな……クラヴィス様。何故、何故、私にお悩みをお聞かせくださらなかったのですか」

「心配性のお前に、これ以上の心労をかけるわけにはいくまい。……それだけだ」

クラヴィスの言葉に胸を打たれたリュミエールは、先刻の自分の無礼を心からチャーリーに詫び、自らクラヴィスの治療の手助けをしたいと申し出た。

「お気持ちはありがたいんですけど、これを足にかけるだけですよってに、手伝どうてもらうほどのことは、あらへんのですわ」

「いえ、クラヴィス様の苦しみは私の苦しみでもあります。どうか、その液をかける役目を私にさせてください」

リュミエールの懇願に、クラヴィスもチャーリーも根負けし、とうとう10倍希釈のバッテリー液を満たした牛乳瓶を、水の守護聖の手に渡した。

「クラヴィス様。クラヴィス様に苦痛を与える私を、どうかお許しください。けれど……けれど、あなた様をこの苦しみから解放するために、致し方ないことなのです」

リュミエールはそう言うと、クラヴィスの右足にバッテリー液をそろりそろりとかけ始めた。患部全体にまんべんなく液をかけるべきではあるのだが、その緩慢な動作はまるでクラヴィスの苦痛をいたずらに引き延ばしているかのように見えないこともない。チャーリーは優しさを司る水の守護聖に対し、不敬と言われても仕方のない思いを抱いたことに罪悪感を覚え、リュミエールが一点のやましさも含まない、優しい心でクラヴィスの治療に当たっていることを確かめようと、リュミエールの表情をそっとうかがった。そして彼は見てしまったのだ。闇の守護聖の苦悶の表情を盗み見る水の守護聖の瞳にはいたわりの気持ちがたたえられてはいたが、その唇の端には、微かにではあるが嗜虐心を表す微笑みが浮かべられていることを――。


水虫治療薬のタイプ別の使い分けは、薬局で教えてもらいました(笑)。
私は使ったことないというか、薬を使う前にバッテリー液使ったんで、
実体験というのはないのですが、薬剤師のオッチャンの話やから、間違ってないと思います。
しかし、クラヴィスを水虫持ちにしたのって、私らくらいのもんでしょうねぇ……。


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